多くの人は「やる気」が出なければ仕事、家事、勉強はできないと思っています。
行動するためには「やる気」が必要だと信じているので、やる気が出ないときは何もしないか、しても集中できず作業ははかどりません。
しかし、実は行動するためには「やる気」は必要ありません。
行動するために必要なことは「気分に流されない」ということだけなのです。
この章では、気分に流されずに行動を起こす方法について説明していきましょう。
ツヨシさんの場合
【人物、設定はすべて架空のものです】
ツヨシさんは42歳、奥さんと2人の子どもがいます。
電子部品の営業の仕事をしています。
最近は営業成績がふるわず、また人間関係のストレスも重なり、気分と体の不調を感じていました。
これまで何とか必死で仕事をしてきましたが、とうとう朝起き上がれなくなり仕事に行くことができなくなりました。
病院に行くとうつ病と診断され、休職することになりました。
休職し始めて2か月が経ちました。
気分と体調はずいぶん楽になりましたが、復職のことを考えるとまた気分は重くなってしまいます。
仕事にも行けず、家にいても何もしない自分は『価値のないダメな人間だ』と自己嫌悪にさいなまれます。
将来の明るい展望が見えず、不安がつのるばかりです。
ある日、ツヨシさんは『自己嫌悪と不安が大きすぎて、何もやる気が起きない』とぼんやり考えていました。
そのときツヨシさんは、あることに気づきます。
それは「活動量が減れば減るほど、調子が悪くなる」ということです。
また、調子が悪くなると更に活動量が減るという悪循環にも気がつきました。
ツヨシさんは自分自身に言いました。
『このままではダメだ。何かをやろう。まず布団から起き上がろう』
ツヨシさんはどんな気分であっても、まずは布団から起き上がると決めました。
気分の落ち込みや不安を感じながらも、朝食をとり、散歩に出かけ、公園で軽くストレッチをしてみました。
驚いたことに、ツヨシさんは散歩から家に帰るころには、気分の落ち込みはほとんどなくなっていました。
ツヨシさんは思いました。『もし布団の中で横になったまま気分の落ち込みが過ぎ去るのを待っていたら、散歩の後のような気分にはならなかっただろう』
気分に流されると、人生は「コントロール不能」になる
多くの人は、ツヨシさんのようにそのときの気分に流されて行動してしまいます。
人は誰でも程度の差はあれ、行動は気分に左右されてしまうものです。
自分の気分に自覚がなければ、その傾向はさらに強くなるでしょう。
かといって気分に流されたまま過ごしてしまうと、恐らくあなたは達成したい目標や希望の状態には近づくことはできないでしょう。
なぜなら自分にとって有意義な行動をとることができないからです。
「人生」というのは、水面に浮かぶ葉っぱのように、吹く風に流され、どこに向かうか分からないものなのでしょうか?
気分、感情は自然と湧いてくるものであって、基本的にコントロールはできません。
そのコントロールできない気分や感情に「行動」を合わせてしまうと、行動は「コントロール不能」になってしまいます。
しかし実際には、行動自体は「コントロール不能」なわけではありません。
行動は気分に引っ張られますが、それを自覚さえすれば「気分に関係なく」行動を起こすことができます。
行動を起こす力というのは、自分自身に対する認識の深さと関係しています。
自分の気分、感情をより深く認識しているほど「行動を起こす力」「行動を選択する自由度」が増していくのです。
行動の積み重ねが人生をつくっているとすると、その時々の行動を「自分の意思で選択できる」ということは、即ち「自分の人生、生き方を自分で選択できる」ということになります。
あなたの行動は気分に流されていないか?
あなたの行動が「気分に流されたものかどうか」を見分ける簡単な方法があります。
たとえば、あなたは朝『気分が落ち込んで、布団から起き上がれない』と考えているとしましょう。
そのとき誰かが『今、布団から出たら1万円あげるよ。朝ご飯を食べたらプラス1万円、散歩に出かけて30分歩いたら、さらにもう1万円をあげるよ』と言ったとしたら、あなたはどうしますか?
多少、気分が悪くて体が重くても、起き上がって朝食を食べようと思いませんか?
気分が乗らなくても、着替えて散歩に出かけませんか?
もしそのようなご褒美がもらえると「行動できる」のであれば、朝、布団から起き上がれないというのは「気分に流された行動」の可能性があります。
気分に流された行動であれば、あなたには「気分に流されずに行動できる」可能性もあるのです。
考えてみよう①
日常生活の中で、あなたにとって大切なことなのに気分に流されて避けている行動はありますか?
あれば、それは何でしょうか?
それをどのようにして避けていますか?
先のツヨシさんの例では、次のように書くことができます。
< ツヨシさんの例 >
大切なこと(避けていること)
⇒ 朝起きて、朝ご飯を食べる、散歩に出かける
避ける方法
⇒ 布団から起き上がらない、横になったまま延々と考えごとをする
あなた自身のことを振り返って「避けていること」「避ける方法」について考えてみてください。
考えてみよう②
あなたが「避けていること」の中に、ご褒美がもらえれば行動にうつせそうなものはありますか?
もしあるなら、どのようなご褒美をもらえれば、あなたはそれをすることができそうですか?
(ツヨシさんは『千円くらいもらえれば、頑張って布団から起き上がれそうだ』と考えました)
もし、少しのご褒美で行動できそうであれば、あなたはすぐにでもそれを実行できるのかもしれません。
できそうなことがあれば、ぜひ思い切ってやってみてください。
思い切って行動してみてると様々な気づきが得られると思います。
レイコさんの場合
レイコさんは36歳、独身です。
最近、会社でリストラに遭い
生活のためにすぐに次の仕事を見つける必要があることはわかっていましたが、なかなか行動できずにいました。
『こんな歳でどこも雇ってくれないのではないか』
『仕事が見つかってもまたリストラされてしまうのではないか』
そのような強い不安を抱いていたからです。
あるときレイコさんは一念発起し、新しい職を見つけるための計画を立てました。
家族や友人に相談する、毎日インターネットで情報を収集する、転職サイトに登録する、ハローワークに行くなど、具体的に行動することを決めました。
どんなに不安が強くても、気分が落ち込んでいても計画を実行することを心に決めました。
またハローワークに行ったときには担当者とどのような話をするか、前もって台本を考え、準備をしました。
何度かハローワークに足を運ぶうちに、レイコさんは「行動すること」に対する抵抗が小さくなっていることに気づきます。
思い切って行動するようになって、少しずつ気分が良くなっていることも実感するようになりました。
気分に流されずに行動する
不安なときや落ち込んだときは、気分のままに行動するよりも、あなたの目標や計画に合わせて行動した方が良い結果が得られるでしょう。
レイコさんはそのときの気分に流されて行動するのではなく、決めた目標や計画に従って行動することの大切さを学びました。
高い目標は必要ありません。
むしろ小さな目標を立て、小さなステップをひとつずつ進めていく方がうまくいくでしょう。
レイコさんのように、計画を進めていくときにサポートをしてくれる人(家族、友人、治療者など)がいると、さらにうまくいく可能性が高まります。
考えてみよう③
レイコさんの例を参考に、あなたの「気分に流された行動」「具体的にとれる行動」を考えてみてください。
< レイコさんの例 >
気分に流された行動
⇒ 自己否定、不安なことを考え続ける
具体的にとれる行動
⇒ 友人に相談、インターネットで情報収集、転職サイトに登録、ハローワークに行く
「具体的にとれる行動」を実際に実行してみましょう。
実行してみると、どのような気分になるでしょうか?
ひどいうつ状態のときはどうするか?
何もできないくらい体調が悪く、気分が落ち込んでいるときはどうすればいいのでしょうか?
布団で横になっている以外に何もできないと思えるほど体調が悪く、落ち込んでつらくなることもあるでしょう。
ひどいうつ状態のときは、気分のつらさに加え、体の不調(重さ、だるさ、痛みなど)があります。
特に体のつらさがひどいときは、何もせず、ただゆっくりと体を休める必要があるでしょう。
一方で、うつ病の研究から『今は何もできない』と感じるときでも、実際には「自分が思っている以上に活動できる」ことが分かっています。
自分では『何もできない』『これくらいしかできない』と思っていても、実際にやってみると意外と苦にならなかったり、徐々に気分や体調が良くなり活動を続けられるということがあるのです。
重度のうつ病になると、本人も周りの人も「何かをする余裕など全くない」と思い込んでしまいますが、そのようなときでさえ、動機づけがあれば、軽い運動、家事、友人や家族との食事、散歩、手紙や日記を書くなど、実はできることはかなりあるのです。
自分に嘘をついている?無理をして演じている?
気分がすぐれないときには、目標や計画にしたがって行動することは難しく感じるものです。
先にもお話ししたように、気分と行動は本来は別のもので、自分の気分を認識さえしていれば、どのような気分のときでも行動は自由に選択することができるのです。
しかし、いざ気分に流されずに行動してみると、自分の「気分に合っていない行動」に違和感や罪悪感のようなものを感じることがあります。
自分の気持ち、感情を抑えつけているように感じたり、元気であるかのように「無理をして演じている」と感じるかもしれません。
もしくは「自分を偽っている」「自分に嘘をついている」と感じてしまうかもしれません。
しかし、気分に流されずに行動することは「自分を偽っている」わけではありません。
あなたは気分のままに行動すると余計にしんどくなることに気づくようになりました。
そして、自分で決めた計画に従って行動した方が、あなたにとって「良い結果」と「楽な気分」が得られることも経験を通して分かるようになってきました。
気分に流されずに行動できるのは、あなたが自分の経験から学んだ「気づき」を信頼するようになったことの表れです。
それは、あなたが「より自分らしく生きていこう」とする前向きな気持ちによる行動といえるでしょう。
決心が揺らぐのは「心が弱い」から?
「自分を偽っている」「無理をして演じている」と感じる違和感や罪悪感はどこから来るのでしょうか?
それは今までとは違う生き方をすることへの「不安」や「怖れ」によるものかもしれません。
今までと違う生き方というのは「未知の世界」なので、この先に何が起こるか「予測」ができません。
今まで通りの生き方というのは、多少つらくても「先が予測できる生き方」なので、本能的にその方が「安全だ」と判断するのでしょう。
そのため、本能(脳)は違和感や罪悪感などの不快な感情を使って「今まで通りの生き方」に引き戻そうとするのです。
生存の確率を高めるために本能(脳)がそのような判断を下してしまうわけですから、ネガティブな感情を抱いて決心が揺らいでしまうのはごく自然な反応といえます。
そうなってしまったとしても、それはあなたの心が弱いというわけではないのです。
「気分、感情」について大切な2つのこと
「心地よい感情」⇒ 良いもの
「不快な感情」⇒ 悪いもの
気分や感情は、このように「快=良い」「不快=悪い」と単純に結びつけられるものではありません。
良い悪い、善悪というのは人間が作った勝手な価値判断です。
感情自体には「良い感情」「悪い感情」などという区別は元々ありません。
また、感情は脳の「大脳辺縁系、偏桃体」という部分と深く関係しています。
大脳辺縁系は脳の中心部に近い「無意識」の領域にあります。
ですから、ある感情が意識にのぼったときに、その感情が生じた理由や原因については「顕在意識」ではすべてを知ることはできません。
どれだけ深く考えても、感情の原因を特定することは脳の仕組み上、原理的に不可能なのです。
気分、感情について、この2つのことはとても大切だと思います。
気分、感情に「善悪」はない
⇒「良い感情」「悪い感情」という区別はない。
気分、感情の原因は特定できない
⇒ 頭で考えて「原因らしきもの」を推測はできても、特定はできない。
つまり気分や感情についてあれこれ考える必要はないということです。
どれだけ考えても推測の域を出ませんし、答えの出ないものを考え続けることで時間とエネルギーを浪費することになります。
考えれば考えるほど、また別の感情を作ってしまうことになるかもしれません。
感情はただ感じていくだけのもので、分析する必要はないのです。
ネガティブな気分でも前向きな行動がとれる
どのような気分、感情も良い悪いなどの判断を加えずに、ただそれを感じていくだけです。
気分、感情をなくすことはできませんし、なくす必要もありません。
また、前向きな行動をとるときに前向きな気分である必要はありません。
後ろ向きな気分であっても、前向きな行動をとることはできるからです。
ネガティブな気分になったとしても、それ自体が問題なのではありません。
問題は「気分に流されて行動すること」「気分に飲み込まれてしまうこと」です。
そしてそうならないために必要なことは「自分の気分、感情に気づくこと」。
それから「自分の目標、計画に合わせて行動すること」です。
この2つのことを意識することが大切です。
「気分に流されない」ために必要なこと
1.自分の気分、感情に気づくこと
2.自分の目標、計画に合わせて行動すること
「目標」を見つけよう
それでは次に「目標」を見つけ、それを達成していくステップについて説明していきましょう。
気分が憂うつなときは、目標を見つける、目標を決めるということが難しく感じるものです。
ここまで気分に流されずに行動する方法を学んできましたから、それをここで生かして先に進んでいきましょう。
考えてみよう④
「短期目標」と「長期目標」を考えてみましょう。
短期目標は「数日~数週間で達成したい目標」、長期目標は「数か月~数年で達成したい目標」とします。
大きな目標でも小さな目標でもかまいません。
達成可能か?現実的か?といったことは気にせずに、まずは思いつくままにできるだけたくさんの目標を考えてみてください。
目標を達成のための7つのステップ
目標を定め、達成していくための手順について説明していきましょう。
<目標を達成するための7つのステップ>
< Step.1>
⇒ 目標を定める
< Step.2>
⇒ 目標達成のためのステップを考える
< Step.3>
⇒ 考えたステップを実行する順に並べる
< Step.4>
⇒ 1つのステップに集中し、遂行を約束する
< Step.5>
⇒ どのような気分でも、そのステップを実行する
< Step.6>
⇒ ひとつのステップを終えたら自分を褒める
< Step.7>
⇒ 最終のステップまで順番に進めていく
それでは、ひとつずつ見ていきましょう。
目標を定める【Step.1】
まずは目標を明確にしましょう。
目標とは「将来こうなりたい、こうしたい」といったことで、あなたが「価値を認めている」ものです。
「幸せになる」といったような抽象的な目標はあまり適切ではありません。
進み具合を判断することが難しいためです。
目標は、客観的に見てわかるような「具体的なもの」にします。
また「悩まなくなる」「考え込む時間を減らす」というように、何かを「なくす、減らす」ことを目標にするのではなく、楽しめる活動など「何かをする、増やす」ことを目標にするようにしましょう。
目標を考えるときに意識するポイントを以下にまとめます。
「目標」を考えるときのポイント
具体的か?
⇒ 目標に「数字」を入れるとより具体的になります
現実的か?
⇒ 目標に向けて努力すれば「達成できる!」と思えること
気持ちが前向きになれるか? わくわくするか?
目標を達成するために必要な行動は明確か?
進み具合を客観的に判断できるか?
考えてみよう⑤
ここまでのお話しを参考にして、さらに具体的、現実的な目標を考えてみましょう。
まずは1か月くらいで達成できそうな「短期目標」について考えてみてください。
目標達成のためのステップを考える【Step.2】
目標を達成するために必要なステップを考えてみましょう。
目標達成のために「取り組む必要のあること」をできるだけ細かく具体的に考えます。
「取り組む必要のあること」=「ひとつのステップ」となります。
ひとつのステップは小さければ小さいほどよいでしょう。
一つひとつのステップが小さければ、全体のステップの数は多くなるのですが、全く問題ありません。
ひとつのステップが小さいほど(ステップの数が多いほど)成功の確率が高まるからです。
考えたステップを実行する順に並べる【Step.3】
上で考えた「小さなステップ」を実行する順に並べ替え、箇条書きにした「リスト」を作ってみましょう。
並べ方を迷ったときは、実行するのが簡単なものから並べるとよいでしょう。
1つのステップに集中し、遂行を約束する【Step.4】
次に、最初のステップを実行する日時を決めましょう。
決めたらカレンダーや手帳に計画を書き込んでみてください。
紙に書いて、見えるところに貼っておくのも良いでしょう。
「必ずやり遂げる」と心に決め、自分自身に約束をしましょう。
どのような気分でも、そのステップを実行する【Step.5】
ここまで学んだことを生かして、どのような気分であってもやると決めたステップを実行してください。
もしうまくいかなければ、そのステップの難易度が高すぎる可能性があります。
「内容を変更する」「細分化する」などそのステップを見直し、実行しやすくしましょう。
ひとつのステップを終えたら自分を褒める【Step.6】
ひとつのステップが達成できたら、リストにチェックを入れましょう。
(「二重線で消す」というやり方でも良いでしょう)
そして、どんな小さなステップであっても達成したことを認め、喜びましょう。
「すごく簡単なことだ」「こんなくらい、たいしたことじゃない」などと考えないでください。
目標に向けてステップをひとつ進めたのですから、自分を褒めてあげる価値は十分にあります。
自分に「ご褒美」を用意しておくのもおすすめです。
最終ステップまで順番に進めていく【Step.7】
目標に向けたステップをひとつずつ進めていきましょう。
計画が進むにつれて、あなたは以前ほど気分に振り回されていないことに気づくかもしれません。
気分に流されずに行動し続けることで、そのような変化が起こってきます。
けれども、魔法のように不安や憂うつな気分が消えてしまうわけではありません。
不安や憂うつな気分を感じながらも、あなたは「自分の力」で「自分の人生」を生きることが出来るようになるのです。
そうしているうちに気分は徐々に安定し、自信や前向きな気持ちを取り戻していくでしょう。