自分でできる!うつ、不安の克服 / 全8章

第1章「自力でうつを克服する」
第2章「気分と行動の関係を理解する」
第3章「習慣を変える方法」
第4章「逃げない自分になる方法」
第5章「行動を変える方法」
第6章「ネガティブ思考をやめる方法」
第7章「気分、感情に流されない方法」
最終章「人生をコントロールする方法」


第1章「自力でうつを克服する」

自力でうつを克服する

アケミさんの場合

【人物、設定はすべて架空のものです】

アケミさんは高校を卒業した後、就職し、親元を離れて暮らすようになりました。高校卒業、就職、引っ越し、一人暮らし。多くの変化が同じ時期に重なり、大きな不安とストレスを感じていました。初めての一人暮らしに漠然とした寂しさも感じていました。

一人暮らしを始めて1か月ほどたったある日、アケミさんは気分がひどく落ち込んでいることに気づきます。好きだった映画鑑賞やショッピングにも次第に興味が持てなくなりました。夜中に何度も目が覚めるようになり、朝までぐっすり眠れません。寝不足で疲れがとれず、毎朝、重い体を引きずって仕事に行くようになりました。

職場では人の話が理解できなくなり、仕事が手につかなくなりました。理由もなく急に涙があふれるようにもなりました。無力感と罪悪感でいっぱいになり、苦しい日々を送るようになります。

アケミさんはあるとき、自分が「うつ」になっていることに気づきます。インターネットで調べたうつの症状に、自分の状態がぴったり当てはまっていたからです。アケミさんは不安と焦りの気持ちから、次々と疑問が頭に浮かびます。

『なぜ自分はうつになってしまったのか? 原因は何なのか?』

『うつになるということは 自分は他の人よりも劣った人間なのか?』

『弱い人間だからなってしまったのか?』

『過去、子どもの頃に問題があったのか?』

『どうすればうつを克服できるのか?』

『精神科、心療内科に行くべきか?』

『薬を飲まないといけないのか?』

『また以前のように元気になれるのか?』

「うつ」の疑問に答える

アケミさんが抱いた疑問は、うつ病になった多くの人が同じように考えます。ここではこれらの疑問に簡単に答えてみましょう。


Q.なぜ自分はうつになってしまったのか?原因は何なのか?

A.性格、遺伝、環境などの相互作用により、うつ病が発症すると考えられています。その発症プロセスはとても複雑で、うつ病の原因をひとつに特定することはできません。

また、うつと脳内の神経伝達物質との関連が示されていますが、神経伝達物質の脳内での減少(増加)がうつの「原因」なのか、もしくはうつによる「結果」なのかは研究者の間でも結論は出ていません。

原因を考えると不明なことも多く複雑なのですが、実際のところ、うつを克服するのに原因を特定する必要はありません。


Q.うつになるということは自分は他の人よりも劣った人間、弱い人間なのか?

A.ストレス環境にさらされると誰でもうつ病になる可能性があることがわかっています。うつ病になる人が劣った人間、弱い人間というわけではありません。


Q.過去(幼少期)に問題があったのか?

A.幼少期の経験が成人後のうつ病発症の要因のひとつとされていますが、それだけが発症の原因になるわけではありません。様々な要因の中のひとつに過ぎません。たとえ幼少期の経験がうつ病の発症に大きな影響を与えているとしても、取り組むのは現在の生活を改善していくことです。


Q.どうすれば克服できるのか?

A.改善の効果が認められている方法は、薬物療法、心理療法(カウンセリング、認知行動療法)、運動療法などがあります。このような方法を組み合わせることで相乗的に効果が現れます。また日常生活でこれらを継続することが再発の予防になります。


Q.精神科、心療内科に行くべきか?薬を飲まないといけないのか?

A.薬物療法のメリットは、比較的早くうつの症状を改善する効果があることです。デメリットとしては、うつ病の根本的な治療にはならないことです。また薬物療法では再発率が高いことが最も大きな問題になっています。

一方で、心理療法(カウンセリング、認知行動療法)は「考え方」を変えることで症状を改善するため、根本的な治療法となりえます。また心理療法は再発の予防効果が高いことが大きなメリットになります。心理療法のデメリットとして、薬物療法に比べて時間と労力がかかるという点があげられます。

実際のうつ病の治療では、服薬と並行して心理療法(カウンセリング)を受けるという方針になることが多いようです。


Q. また以前のように元気になれるのか?

A.うつから抜け出して人生を楽しめる日は必ずやって来ます。治るまでの期間は人により異なりますが、治らない人はいません。

また、うつを克服した人の多くは、以前とは全く違った生き方をするようになります。なぜならうつ病が治っていく過程で、これまでの自分自身を振り返り、生き方を見なおしていくからです。

うつ病が治るというのは、病気になる前の状態に戻るということではありません。今までとは違う自分になって、これまでよりも楽に前向きに生きられるようになるのです。

環境の変化は大きなストレスになる

私たちを取り巻く社会環境は急激に変化しています。人には環境に適応する能力がありますが、あまりにも大きな変化が起きたときには、それに圧倒されてうまく対処できない場合があります。

個人の生活での大きな変化として次のようなものがあります。

転職、昇進、失業、結婚、人間関係の悪化、愛する人の喪失、引っ越し、など。

どれもが大きなストレスとなり、心身のバランスを崩すきっかけとなります。アケミさんがそうであったように、環境の大きな変化はうつ病発症の危険因子となるのです。

考えてみよう①

過去半年~1年くらいの間で、あなたの生活にどのような変化、出来事がありましたか?大きな変化、小さな変化、さまざまな出来事があったと思います。ストレスに感じた出来事を振り返ってみてください。

(例)職場での昇進、異動、うつ病による休職、失業、大切な人との出会いと別れ、引っ越し、など。

うつと不安の「ループ構造/悪循環」

「思考ー感情-行動」はそれぞれが影響し合って「ループ構造」を作ります。思考が感情を生み、感情が行動を起こします。その行動の結果を受けて思考が起こり、また感情が生まれます。「思考ー感情-行動」にはそのような結びつきがあります。

不安や憂うつな気分が強いときには「 思考ー感情-行動 」が負の方向への連鎖し「ネガティブなループ」を形成します。ネガティブな思考がネガティブな感情を生み、ネガティブな行動によって出来事をさらに悪い方向へと導いてしまうのです。これがいわゆる「悪循環」と呼ばれるものです。

悪循環のループに入ってしまうとネガティブな思考が止められなくなり、不安や憂うつな気分を強くしてしまいます。

タケシさんの場合

タケシさんは、会社が倒産して失業したことをきっかけにうつになりました。会社が倒産したのは自分のせいではないことは理解していましたが、なぜ自分の身にこのようなことが起こったのか、何が原因なのだろうと考えるようになりました。

毎日、何時間もテレビを見て過ごすうちに状態はどんどん悪くなります。うつ病になる前は友人も多く社交的でした。休みの日はスポーツをしたり音楽を聴いたり好きなことをして過ごしていました。

しかしうつ病になってからは、以前は好きだった活動に興味が持てなくなりました。外出することも億劫に感じるようになりました。一人で家にこもっていると、ネガティブな考えが次々と浮かんできます。ぐるぐると考えを巡らせているうちに気分はさらに悪くなり、ひどい疲れを感じるようになりました。

このとき、タケシさんは「ネガティブな負のループ/思考─感情─行動の悪循環」にはまっているのです。

『どうして家にこもっているの?』友人がタケシさんに尋ねます。

タケシさんは少し考えて答えました。『家にいる方が楽だからね』

うつのときは外出するよりも家にいる方が気分も体も楽に感じます。しかし一人で家(もしくは自室)にこもっている時間が長くなると、うつの状態を悪化させてしまう場合があります。一人でいるとネガティブな思考に入り込みやすくなるからです。

うつのときはタケシさんのように人に会うのがわずらわしくなり、一人で過ごしたくなります。しかし、そうすると次々と思考がわいて「ネガティブな負のループ/思考─感情─行動の悪循環」に陥りやすくなるのです。

一人でいる方が楽だけど、一人でいるとマイナスのことばかり考えてしまう。このようなジレンマがうつ病の回復を難しくしている理由のひとつとされています。

ではどうすれば「ネガティブな負のループ」から抜け出せるのでしょう?

「ポジティブ/前向き」な行動とは?

うつと不安のループから抜け出すためには、まず自分の普段の「行動パターン」を観察し、把握する必要があります。そして次に、その行動パターンを自分にとってプラスになる「別の行動」「新しい行動」に置き換えます。

その新しい行動が自分にとってプラスになる「ポジティブ/前向き」なものかどうかは、その行動をとったあとの「気分の変化」を観察することで判断します。「ポジティブな行動」というと、好きなものを食べたり、旅行をしたり、ゲームをしたりといった「楽しい」活動を想像するかもしれませんが、そのような活動は「ポジティブな行動」の一部に過ぎません。

楽しい活動によって一時的にうつや不安が和らぐことはありますが、気分を良くするための行動は必ずしも楽しい活動である必要はないのです。実際には、楽しいことでなくても自分にとって重要だと思えること、例えば掃除や洗濯などの家事、勉強、運動、仕事などをすることで気分は良くなります。

ここでは「ポジティブな行動」を「長期的にみて気分が良くなる行動」と定義しましょう。これにはもちろん「楽しい行動」も含まれますが、それよりも広い意味でとらえます。

(余談ですが「楽しいことだけをしていればうつ病は治る」ということはありません。もしそうなら、極論すれば、好きなマンガや映画に一日中ふけったり、遊園地に行って遊べばうつが治ることになりますが、実際にはそうはなりません。)

考えてみよう②

気分が落ち込んでいる時、眠れない時、疲れやストレスがたまっている時に、あなたがよくとる行動、対処法はどのようなものがありますか?振り返って考えてみましょう。

それらの行動、対処法で気分は良くなりますか?悪くなりますか?しばらく時間が経ったあとはどうでしょうか?行動したあとの気分の変化を観察してみましょう。

「外から内へ」変化を起こす

ポジティブな行動を生活に取り入れて習慣にしていくことで、不安や憂うつな気分は徐々に少なくなっていきます。その理由は「行動を変えることで気分が変わる」「気分が変わることで考え方が変わる」という行動心理学、脳科学で明らかにされている「心の作用」があるからです。

人の内面「価値観、考え方」「気分、感情」は簡単には変えることができませんが、外に現れている「態度や行動」は意識的な努力で変えることができます。たとえば、部屋の片付けをする気になれなかったとしても、あなたは洗濯物をたたんだり、床に散らかっている物を片付けたりすることはできます。やる気は起こらなくても、掃除機のコンセントを差し込むことはできます。嫌々な気持ちで掃除をはじめたとしても、小さな作業を続けていくうちに嫌々だった気持ちはだんだんと薄れて、しだいに作業に集中できるようになります。

この例は「外面/行動」から「内面/気分・考え」へ働きかけることの効果を示しています。つまり、外に現れている態度や行動を変えることで、あなたの内にある考え方や感じ方が変わるということです。

ポジティブな行動を生活に取り入れてそれを習慣にしていくと、次第にあなたの内にある価値観や考え方が変わり始めます。それにともなって、生活の中での気分が少しずつ変わっていきます。「外から内へ」。それがうつを克服していくひとつの道筋になります。

「行動実験」と「セルフ・モニタリング」

「行動実験」とは「ある行動を試しにやってみる」ということです。

「セルフ・モニタリング」とは「自分で自分をモニターする、観察する」ということです。自己観察、つまり自分の思考、感情、行動を客観的に見ることです。

ある行動をとったときに、気分/感情がどのように変化するのかを細かく観察します。あたかもあなたが科学者であるかのように、自分の「行動」と「気分/感情」に意識を向けて、注意深く観察するのです。

たとえば、あなたはテレビを見終わったあとに気分が悪くなる傾向があることに気づきます(セルフ・モニタリング)。そうすると「テレビを見る代わりに何か別の行動をとれば少しでも気分が良くならないか」ということを確かめる「行動実験」の計画を立てることができます。

テレビを見る時間を減らし、その代わりに読書をする、音楽を聴く、友だちと電話で話す、などの行動実験が考えられます。そして「セルフ・モニタリング」をして、どのように気分が変わるのかを確かめるのです。

生活の中でさまざまな行動実験を行い「何をしたら気分が良くなり、何をしたら気分が悪くなるのか」という自分自身についての「データ」を集めます。そしてそのデータをもとにして、新しい生活習慣を作っていきます。

⇒ 第2章へ「気分と行動の関係を理解する」


自分でできる!うつ、不安の克服 / 全8章

第1章「自力でうつを克服する」
第2章「気分と行動の関係を理解する」
第3章「習慣を変える方法」
第4章「逃げない自分になる方法」
第5章「行動を変える方法」
第6章「ネガティブ思考をやめる方法」
第7章「気分、感情に流されない方法」
最終章「人生をコントロールする方法」

<参考:うつ病の診断基準>

下の症状のうち、5つ以上に当てはまり、それらが2週間以上続いている場合に「うつ病」と診断されます。

① ほとんど毎日続く抑うつ気分
② 何も楽しいと感じることができず、無気力で興味がわかない
③ 食欲が低下している
④ よく眠れない
⑤ イライラやあせりがある
⑥ 疲れやすく、気力が減退している
⑦ 自分を責めてばかりいる、無価値観がある
⑧ 集中力が低下し、考えることができない
⑨ 繰り返し死にたいと思う