第2章 気分と行動のつながりを理解する

無意識の行動(=習慣)を変えていくための最初のステップは、あなたが日常生活の中でどのような行動をとっているかを把握することです。普段、何気なくやっている行動に意識を向け、その行動が気分にどのような影響を与えているかを観察します。

たいていの人は、不安や憂うつな気分を生じさせる(もしくは維持する)行動パターンをもっています。それは子どもの頃からの考え方や行動のクセのようなもので、知らず知らずのうちに身についてしまったものです。自覚のない行動パターンなので、最初はそれに気づくことは難しいかもしれません。しかし一旦あなたがそれを自覚するようになると、その行動をポジティブなものに変えることができるようになります。なぜなら不安や憂うつを作り出していることに気づきながら、それをわざわざ続けようと思う人はいないからです。

行動は気分にどのように影響するのか?

<ヒロシさんの場合>

ヒロシさんは35歳、一人暮らし。大学で法律を学び、卒業後は専門性を生かした仕事に就いています。最近、職場の異動をきっかけに不安や憂うつな気分を感じるようになりました。

ヒロシさんは月に2回ほど友人と一緒にスポーツジムに通っています。ある日、更衣室で着替えをしながら、職場の上司のグチや体調がすぐれないことなどについて暗い表情で友人に話をしました。

友人はヒロシさんに言いました。

「ずいぶん気分が落ち込んでいるみたいだね。」

「うん、そうなんだ。気分も体調も良くないし、すごくイライラするんだ。」

トレーニング室に入り、ヒロシさんと友人は他愛もない話をしながらトレーニングを始めました。30分くらい経つころには気分がずいぶん良くなっていることにヒロシさんは気がつきました。

友人は言いました。

「家でくよくよ考えるより、体を動かして人と話をしたほうが良さそうだね。」

「確かにそうだね。さっきよりもずいぶん気分が良くなったよ。」

ヒロシさんは自分のとる「行動」によって気分が良い方向にも悪い方向にも変わることを実感したのでした。

行動の3原則

ヒロシさんは休みの日はたいてい家でテレビを見たり、ゴロゴロして過ごします。考えても仕方ないことをくよくよ考えて気分が沈み、何もやる気が起こらないのです。

このような行動は不安や憂うつな気分を作り出してしまいます。体は休めていても疲れはとれません。それどころか、あれこれ考えてしまうせいで余計に疲れてしまいます。

不安や憂うつな気分に流されてしまうと、ヒロシさんのように一日中くよくよ考え事をしたり何もせずぼーっと過ごしてしまいます。一方で、トレーニングジムで体を動かし、友人と話をするという行動をとったヒロシさんは気分が良くなりました。

このヒロシさんの例は、行動についての3つの重要な原則を示しています。

【 行動の3原則 】

① 習慣になっている行動は自動的に起こり、ほとんど自覚が無い

② 行動を変えると気分が変わる

③ 行動と気分のつながりを理解すると行動を変えることができる

行動への意識を高める

教習所で初めて車の運転をしたときのことを思い出してみましょう。

キーをひねってエンジンをかける、バックミラーをのぞいて後方確認、頭を左右に動かして通行人や車の往来を確認、ギアを入れて、ゆっくりアクセルを踏む。慣れないうちは、このようにそれぞれの手順を自分に言い聞かせなくてはいけなかったでしょう。また、標識や歩行者を見たらどのように対応するかをあらかじめ決めておかなければ、とっさに反応することは難しかったはずです。

しかし車の運転に慣れてくると、それらの行動は自動的になり、ほとんど意識せずに行うことができるようになります。

これと同じことが日常生活でも起こっています。日常生活では同じことの繰り返しが多いため、ほとんどが自動的な行動になっています。「自動的な行動」=「習慣」といってもいいでしょう。

たとえば、毎朝コーヒーを飲む習慣のある人は、どれだけ眠くても手順を間違えずにコーヒーをいれることができます。歯磨きをしようと思えば、何も考えることなく洗面所に移動して歯ブラシに手を伸ばします。歯を磨いているときに、今日やらないといけないことを考えて頭がいっぱいになっていたとしても、やはりきちんと歯を磨くことができるでしょう。

自分がいかに「無意識に、自覚なしに行動しているか」を知ることはとても重要です。なぜなら、その行動の中に「気分を憂うつにする習慣」が隠れているからです。

<ワーク1>
一日の行動パターンの記録をつけてみましょう。時間と行動を記録します。活動を観察するという意味で「活動モニタリング」といいます。

これは無自覚の行動(習慣)を意識化するためのとても重要なワークです。最初は面倒に感じるかもしれませんが根気強く取り組んでください。まずは1週間がんばって続けてみましょう。このワークをするだけでも様々な発見があるはずです。

活動モニタリング(例)

○月△日

8:00 起床、30分ほどゴロゴロする

8:30 メールをチェック、パンを焼いて食べる

9:00 テレビを見る、インターネットでニュースを見る

・・・・・・・・・

22:00 歯を磨く、お風呂に入る

23:00 ネットサーフィンをする、音楽を聴く

24:00 就寝

「活動モニタリング」書き方のポイント

活動を1週間ほどモニタリングすると、普段は意識していない日々の行動、習慣、生活の様子を明らかにすることができます。

記録をつけるときのポイントは「行動の書き方」です。「働いていた」「家にいた」などのように抽象的な書き方ではなく、行動を特定してより具体的に書くようにすると良いでしょう。

たとえば、

「働いていた」⇒「得意先に電話」「書類の整理」「会議」など。

「家にいた」⇒「ソファでくつろいで読書」「コーヒーを飲む」「テレビを見る」「パソコンでネットサーフィン」「昼食をとる」など。

時間は30分区切りで記録するとよいでしょう。厳密な時間や行動の詳細などあまり細かなことに気をつかう必要はありません。活動モニタリングの目的は「記録をつけること」ではなく、普段の行動パターンを観察し、無自覚で行っている習慣を「意識化」することです。

無自覚の習慣を振り返る

<サチコさんの場合>

サチコさんは結婚して3年目の専業主婦です。特に何か困ったことがあるわけではありませんが、不安や憂うつな気分に沈むことがよくあります。そこで自分の生活を1週間モニタリングしてみることにしました。

記録をしてその内容を振り返ってみると、思っていた以上に活動の幅が小さいことがわかりました。

起きている時間のほとんどを布団で横になっているか、ソファに座りテレビを見るか、何かを食べるという行動に費やしていました。

さらにもう一週間、活動のモニタリングをしてみました。自分の行動を自覚するようになるにつれて、行動を変えていこうという気持ちがわいてきました。自分の行動と気分を観察していくと様々なことに気がつきました。掃除や洗濯などやらなければいけないことから逃げるために、だらだらとテレビを見ていることにも気がつきました。それに気づくようになってからは、サチコさんはテレビを見る時間を少なくし、家事を昼過ぎには片付け、運動や散歩、日記を書くといった新しい習慣を意識して取り入れるようになりました。新しい習慣を続けていくことで、不安や憂うつな気分に沈むことが徐々に少なくなっていることを実感するようになりました。

<ワーク2>
サチコさんの例を参考にして、あなたの一週間の活動モニタリングの記録を振り返ってみましょう。行動と気分について振り返り、気づいたことがあれば書き出してみましょう。

以前好きだったことを試しにやってみよう

不安や憂うつな気分のときは、以前は楽しめていた活動も億劫になり楽しめなくなってしまいます。しかし気分に流されて何も行動しなければ、否定的な考えで頭がいっぱいになり、不安や憂うつな気分が更にひどくなってしまうでしょう。

ここでは、不安や憂うつな気分はそのまま感じながら、以前楽しめていた活動を「試しにやってみる」ということを考えてみましょう。

すぐに気分の変化が現れるとは限りませんが、その活動をしているうちに少しずつ以前のような楽しさ、喜び、達成感を感じられるかもしれません。気分が乗らなくてもその活動をしばらく続けてみましょう。

あなたはすでに、気分が落ち込んでいるときに何か行動することは簡単ではないと気づいているかもしれません。けれども同時に、行動と気分のつながりにも気づき始めていると思います。不安や憂うつな気分を変えるためには「何か行動を起こす」ことが役に立ちそうだと感じられるかもしれません。

先のヒロシさんの例を思い出してください。

ヒロシさんはスポーツジムに行き、友人と会話をして、体を動かすと気分が良くなることを実感しました。ヒロシさんは初めから行動を変えると気分が良くなることを知っていたわけではありません。実際に行動してみて、それに気づいたのです。

<ワーク3>
以前に好きだったこと、楽しめていた活動はありますか?振り返って書き出してみましょう。その中に気の向くものがあれば、試しに再開してみましょう。

活動と気分のつながりをモニタリングする

<ジロウさんの場合>

ジロウさんは一週間、活動のモニタリングをして、同時に気分の浮き沈みの記録もつけてみました。記録を振り返って見ていくと、行動と気分のつながりが分かってきました。

それをまとめると次のようになりました。

・朝方と夕方から夜にかけて気分が沈みがち

・日によって気分の波がある

・仕事の内容によって気分の上がり下がりが見られる

・コーヒーを飲んで休憩をとると気分が良くなる

・同僚とのおしゃべりは気晴らしになっている

・上司と話をすると疲れて気分が下がる

・お酒を飲んでも気分が良くなるのは一時的で、酔いが醒めると気分が下がる

・テレビを見ても気分は晴れない

ジロウさんはこれらの気づきをもとに、様々な「行動実験」を考えました。

仕事で気分が沈むことがあっても、コーヒーを飲んだり同僚と話をすることで気持ちが落ち着くことがわかったので、気晴らしの時間を増やすように意識しました。

また、帰宅後の過ごし方も変わってきました。今まではお酒を飲んでテレビを見ることが多かったのですが、その行動では気分が晴れないことがわかったので、友人に電話をする、部屋の整理、片づけをする、映画を観る、資格をとるための勉強をする、などの行動を試してみることにしました。実際にそれらの行動を試してみると、満足感、充実感を感じ、気分が良くなることが分かってきました。また朝、夜に気分が沈むことが少なくなり、朝に目覚めたときの気分が以前よりも良くなっていることを実感するようになりました。

<ワーク4>
活動のモニタリングとあわせて「気分のモニタリング」の記録をつけてみましょう。時間が経つと行動したときの気分を忘れてしまうので、できるだけこまめに記録をつけると良いでしょう。行動と気分のつながりを理解するためのとても大切なワークです。少なくとも一週間は根気強く続けてみましょう。

<ワーク5>
ジロウさんの例を参考にして、あなたの「活動と気分のモニタリング」を振り返ってみましょう。
次のことを調べてみてください。

・気分の落ち込む時間帯

・気分の楽な時間帯

・気分の落ち込む出来事

・気分の良くなる出来事

・気分の落ち込む活動

・気分の良くなる活動

不安と憂うつの悪循環

活動と気分のモニタリングをして記録を振り返ってみると、不安と憂うつの悪循環に気づくかもしれません。そのネガティブな思考と気分は、実は「不快な出来事に対処する」ために生じるものです。つまり、ある行動が良くないことと分かっていながら、一時的に不快な気分を避ける(意識をそらす)ことができるためにその行動をとってしまうのです。しかしその行動によってネガティブなループに入り込んでしまうわけですから、結果的には不安と憂うつな気分は大きくなってしまいます。もしそのまま悪循環の深みにはまってしまうと、別の新たな問題、たとえばネット依存・テレビ依存・アルコール依存などの問題を作り出してしまうことにもなります。

気分が落ち込んだ後の気分の変化は、不快な状況・気分に対してあなたがどのような行動をとったかということに関係しています。 

たとえば、不安や憂うつな気分のときにお酒を飲んだりテレビやネットサーフィンにふけるなどの行動をとると、一時的には不快な気分からは逃れられるかもしれません。しかし重要なことは、そのあとの気分がどうなるかです。そのあと不安や憂うつな気分が晴れていれば、その行動は役に立ったといえるでしょう。もし不安や憂うつな気分が続いている、もしくは前よりも気分が悪くなっているということであれば、その行動は役に立っているとは言えないでしょう。

不快な気分から逃れるための行動がそのあとの気分にどう影響するかが分かってくると、気分に流された行動をとることが少なくなってきます。なぜなら自分の気分を良くするために行動をコントロールしていこうと思えるようになるからです。そのためには、自分の行動と気分を繰り返しモニタリングし「自覚」することが重要になります。

次章では、行動を変えるための具体的な方法について学んでいきましょう。

>>次の章へ『行動を変えるための8ステップ』

第1章 うつ・不安の克服「外から内へ」
第2章 気分と行動のつながりを理解する
第3章 行動を変えるための8ステップ
第4章 逃げない自分になる
第5章 新しい生活を手に入れる
第6章 ネガティブ思考をやめる方法
第7章 気分に流されない自分になる
第8章 人生をコントロールする