気分と行動の関係を理解する

無意識の行動/習慣を変えていくための最初のステップは、あなたが普段どのような行動をとっているかを把握することです。

日常生活の中で、何気なくとっている行動に意識を向けるのです。

次に、その行動が気分にどのように影響しているかをよく観察します。

たいていの人は、不安や憂うつな気分を生じさせる(もしくは維持する)行動パターンをもっています。

それは子どもの頃からの考え方や行動のクセのようなもので、知らず知らずのうちに身についてしまったものです。

気分に悪影響のある行動パターンというのは何気ない習慣の中に隠れています。

その行動パターンはほとんど無自覚であるため、その存在にはなかなか気づけません。

しかし一旦あなたがそれを自覚するようになると、その行動をやめるか、もしくは別のポジティブな行動に変えていけるようになります。

なぜなら、その行動が自分の気分を悪くしていることに気づきながら、わざわざそれを続けようと思う人はいないからです。

ではネガティブな行動パターン、気分に悪影響のある習慣とはどのようなものでしょうか?

そして、どのようにしてそれに気づいていけばいいのでしょうか?

行動は気分にどう影響するのか?

ヒロシさんの場合

【人物、設定はすべて架空のものです】

ヒロシさんは35歳、一人暮らしをしています。

大学で法律を学び、卒業後は専門性を生かした仕事に就いています。

最近、職場の異動をきっかけに憂うつな気分で過ごすことが多くなりました。

ヒロシさんは月に2回ほど友人と一緒にスポーツジムに通っています。

ある日、更衣室で着替えをしながら職場の上司のグチや体調がすぐれないことなどをため息まじりに友人に話をしました。

『ずいぶん気分が落ち込んでいるみたいだね』友人はヒロシさんに言いました。

『うん、そうなんだ。体調も良くないし、なぜかすごくイライラするんだ』

トレーニング室に入り、ヒロシさんは友人と他愛もない話をしながら運動を始めました。

30分くらい経つころには、ずいぶん気分も体も楽になっていることにヒロシさんは気づきます。

『家でくよくよ考えるより、体を動かして人と話をしたほうが良さそうだね』友人は笑って言いました。

『確かにそうだね!さっきよりもずいぶん気分が良くなったよ』

ヒロシさんは自分のとる「行動」によって、気分が良い方にも悪い方にも変わることを実感したのでした。

行動の3原則

ヒロシさんは休みの日はたいてい家で過ごします。

何もやる気が起こらないので、ゴロゴロしながらテレビを見たりネットゲームなどをしています。

仕事のことが頭をよぎると、考えても仕方がないことをぐるぐる考え、気分が沈んでしまいます。

ヒロシさんはテレビやネットゲームを楽しんでいるのではなく、惰性で、気分に流されてそのような過ごし方をしているのです。

元々気分はすぐれないのですが、そのような過ごし方をしているとますます気分は悪くなってしまいます。

ゴロゴロしているので体は休めていますが、なんとなく疲れはとれません。

不安がわいてくると色々なことを考えてしまうせいで、余計に疲れが溜まっているようにも感じます。

ヒロシさんはジムで体を動かし、友人と話をするという行動をとったとき「気分が良くなる」という経験をしました。

逆に気分に流されて考えごとをしてゴロゴロしていると、重い気分のまま一日を過ごすことになります。

このヒロシさんの例は、行動についての3つの重要な原則を示しています。

< 行動についての3原則 >
1.習慣になっている行動は自動的に起こり、ほとんど自覚が無い
2.行動を変えると気分が変わる
3.行動と気分のつながりを理解すると、習慣を変えることができる

行動への意識を高める

教習所で初めて車の運転をしたときのことを思い出してみましょう。

キーをひねってエンジンをかける
 ↓
バックミラーをのぞいて後方確認
 ↓
頭を左右に動かして人や車の往来を目視で確認
 ↓
慎重にギアをドライブに入れる
 ↓
ゆっくりとアクセルを踏む

慣れないうちは、このような手順を一つひとつ自分に言い聞かせなくてはいけなかったでしょう。

また標識や歩行者を見かけたときに、瞬時に適切な判断をすることも難しかったはずです。

しかし車の運転に慣れてくるとそれらの行動は自動的になり、ほとんど何も考えずに行えるようになります。

これと同じことが日常生活でも起こっています。

日常生活では同じことの繰り返しが多いため、ほとんどの行動が自動的で、何も考えずに行われています。

「無自覚で自動的な行動」のことを「習慣」ということができるでしょう。

無自覚で自動的な行動 ⇒「習慣」

たとえば、毎朝コーヒーを飲む習慣のある人は、どれだけ眠くても手順を間違えずにコーヒーをいれることができます。

歯磨きをしようと思えば、何も考えることなく洗面所に移動して歯ブラシに手を伸ばします。

歯を磨いているときに、その日の仕事のことで頭がいっぱいになっていたとしても、やはりきちんと歯を磨くことができるはずです。

日常生活の多くのことはすでに慣れてしまっているため、何も考えずに行っているのです。

先にもお話ししたように、自分がいかに「無意識で行動しているか」を知ることはとても重要です。

なぜなら、そのような行動の中に「気分を悪くする習慣」が隠れているからです。

やってみよう①

一日の行動をノートに記録してみましょう。

時間と行動を記録します。

セルフモニタリングの一種ですが、活動を観察するという意味で「活動モニタリング」といいます。

< 活動モニタリングの例 >

○月△日

8:00 起床、30分ほどゴロゴロする

8:30 メールをチェック、パンを焼いて食べる

9:00 テレビを見る、インターネットでニュースを見る

・・・・・・・・・

22:00 歯を磨く、お風呂に入る

23:00 ネットサーフィンをする、音楽を聴く

24:00 就寝

一週間ほど自分の活動を観察し記録していくと、普段は意識していない何気ない行動、習慣、生活の様子が明らかになります。

自分がいかに「無意識的に、気分に流されて生活しているか」が分かるようになります。

「活動モニタリング」の書き方のポイント

記録するときのポイントは「行動」の書き方です。

「仕事をする」「家にいる」といった抽象的な書き方ではなく、行動を特定して具体的に書くようにします。

たとえば以下のように具体的な行動を書きます。

「仕事をする」(抽象的)
⇒「得意先に電話」「書類の整理」「会議に参加」(具体的)

「家にいる」(抽象的)
⇒「ソファでくつろいで読書」「コーヒーを飲む」「テレビを見る」「インターネットでニュースを読む」「昼食をとる」(具体的)

時間は30分区切り(もしくは10分区切り)で記録するとよいでしょう。

正確な時間や行動の詳細など、細かなことに気をつかう必要はありません。

活動モニタリングは「記録をつけること」が目的ではなく、日常の行動パターンを観察し、自覚のない習慣を「意識化」することが目的だからです。

自覚のない習慣を振り返る

サチコさんの場合

サチコさんは結婚して3年目の専業主婦です。

特に何か困っているわけではありませんが、最近は憂うつな気分で過ごすことが多くなりました。

サチコさんは自分の生活を1週間モニタリングしてみることにしました。

ノートに記録をしてその内容を振り返ってみると、思っていた以上に活動の幅が小さいことがわかりました。

起きている時間のほとんどをソファで横になっているか、テレビやネットニュースを見ているか、何かを食べるという行動に費やしていたのです。

さらにもう一週間、活動のモニタリングを続けてみました。

自分のとっている行動とそのときの気分を観察していくと、様々なことに気づくようになります。

自分の行動を自覚するようになると、生活スタイルや習慣を変えていこうという気持ちがわいてきました。

モニタリングをしている中で、掃除や洗濯、食器の後片づけなど、やらなければいけないことから逃げるためにダラダラとテレビを見たりネットサーフィンをしていることに気がつきました。

それに気づいてからは、サチコさんはテレビやネットニュースを見る時間を減らし、昼頃には家事を済ませるようにしました。

また、空いた時間に軽い運動や散歩、日記を書くといった新しい習慣を意識して取り入れるようにしてみました。

そのような生活を続けていくことで、不安や憂うつな気分になることが少なくなっていることをサチコさんは実感するようになりました。

以前好きだったことを試しにやってみよう

不安や憂うつな気分のときは、以前は楽しめていた活動も億劫になり何も楽しめなくなります。

そういった気分に流されて何もせずに過ごしていると、ネガティブな考えが次々頭に浮かび、憂うつな気分は更にひどくなってしまいます。

ここでは、不安や憂うつなどの気分はそのまま感じながら、以前楽しめていた活動を「試しにやってみる」ということを考えてみましょう。

すぐに気分の変化が現れるとは限りませんが、その活動をしているうちに少しずつ楽しさ、喜び、達成感を感じられようになるかもしれません。

気分が乗らなくてもその活動をしばらく続けてみましょう。

あなたはすでに、気分が落ち込んでいるときに「何かをする」ことは簡単ではない、と気づいているかもしれません。

けれども同時に、自分のとる行動と気分のつながりにも気づき始めていると思います。

憂うつな気分を変えるためには「何か行動を起こしてみる」ことが役に立ちそうだと感じているかもしれません。

先のヒロシさんの例を思い出してください。

ヒロシさんはスポーツジムに行き、友人と会話をして、体を動かすと気分が良くなることを実感しました。

ヒロシさんは行動を変えると気分が良くなることを初めから知っていたわけではありません。

実際に行動してみて初めてそれに気づいたのです。

やってみよう②

子どもの頃、もしくは大人になってから好きでよくやっていたこと、楽しんでいたことはありますか?

振り返って考えてみてください。

その中で少しでも気が向くものがあれば試しにやってみましょう。

行動と気分のつながりをモニタリングする

やってみよう③

活動モニタリングとあわせて「気分」のモニタリングの記録をつけてみましょう。

活動の記録に「気分の強さ」を0~100%で表したものを書き加えます。

たとえば次のような感じです。

憂うつ 20% ⇒ 少し憂うつ
不安 50% ⇒ やや強い不安
イライラ 80% ⇒ かなり強いイライラ

数字(%)は感覚で、直感で決めてください。

時間が経つとそのときの気分を忘れてしまうので、できるだけこまめに記録をつけることをお勧めします。

(記録をつけるときは、憂うつ20、不安50、といったように「%」は付けなくても構いません。)

ジロウさんの場合

ジロウさんは一週間、活動のモニタリングをして、同時に気分の記録もつけてみました。

記録を振り返っていくと、行動と気分のつながりが見えてきました。

それをまとめると次のようになりました。

・ 朝方と夕方から夜にかけて気分が沈みがち

・ 日によって気分の波がある

・ 仕事の内容によって気分の上がり下がりが見られる

・ コーヒーを飲んで休憩をとると気分が良くなる

・ 同僚とのおしゃべりは気晴らしになっている

・ 上司と話をすると疲れて気分が下がる

・ お酒を飲んでも気分が良くなるのは一時的で、酔いがさめると気分が下がる

・ テレビを見ても気分は晴れない

ジロウさんはこの気づきを基に、さまざまな「行動実験」を考えました。

仕事で気分が沈むことがあっても、コーヒーを飲んだり同僚と話をすることで気持ちが落ち着くことがわかったので、気晴らしの時間を増やすようにしました。

また、帰宅後の過ごし方も変わってきました。

今まではお酒を飲みながらテレビを見ることが多かったのですが、その行動では気分が晴れないことがわかったので別の行動を試してみることにしました。

友人に電話をする、部屋の整理や片づけをする、映画を観る、資格をとるための勉強をする、などをリストアップ。

実際にそれらの行動を試してみると、どれも充実感が得られ気分が良くなることが分かりました。

それらの行動を続けていくうちに、一日を通して気分が沈むことが少なくなり、朝に目が覚めたときの気分は以前よりもはるかに良くなりました。

やってみよう④

ジロウさんの例を参考にして、あなたの「活動と気分のモニタリング」の記録を振り返って、次のことを調べてみましょう。

気分が沈む「時間帯」/ 気分が楽な「時間帯」

気分が沈む「出来事」/ 気分の良くなる「出来事」

気分の落ち込む「活動」/ 気分の良くなる「活動」

まとめ

この章では日常生活の中での「習慣」を見ていきました。

あまり考えることなく自動的にとっている行動を「習慣」と呼び、その習慣が「気分」を大きく左右していることを学びました。

生活の中での「行動」と「気分」を観察することで、それらのつながりについて理解が深まっていると思います。

行動と気分の関係が見えてくると、サチコさんやジロウさんのように生活スタイルや習慣をより良いものに変えていこうという意欲がわいてきます。

この章で学んだことを踏まえて、次の章では日常の「習慣」を変えるための具体的な方法について見ていきましょう。

⇒ 次章「習慣を変える方法」