29. 幸せを目標達成の道具にしない

たいていの人は、目標を達成すれば幸せになれると考えている。

つまり、幸せはどこか別の場所にある。それほど遠くない場所かもしれないが、ここではない。そう考えている。

しかし、この考え方には、問題がある。目標を達成しなければあなたは幸せになれないからだ。

もしも目標が実現できなかったら「幸せになれるいつか」は永遠にやってこないかもしれないことになる。

だから、幸せを目標達成の道具にしてはいけないのだ。

多くの人が、自分の不幸をある種の「道具」として利用している。

「誠実だから、不幸になる」「自分も不幸だから、人の痛みがわかる」という使い方だ。

前項にも紹介したテレビ脚本家のフレッド・クナイプは「不幸になると得をすること」のリストをつくり、私に見せてくれた。

・不幸な人は、いい人だと思われる
・不幸な人は、責任感があると思われる
・不幸な人は、他人を傷つけない
・不幸になるのは、他人を思いやっている証拠
・不幸になるのは、現実的で世の中がわかっている証拠
・不幸であるということは、何かの問題に取り組んでいるということ

このリストを見れば、たしかに不幸な人のほうが誠実で、人の気持ちがわかる思いやりのある人物のように思えてくる。

しかし、わざわざ不幸になる必要はない。むしろ幸せな人ほど、誠実になれるし、人の気持ちも理解できる。実際、自分が不幸な状態で人を愛そうとするのは、とても困難なことだ。

自己啓発の先駆者でもあるワーナー・エアハードは、あるセミナーでこう言った。

「幸せは出発点だ。目的地ではない。」

私は以前、テレビでエアハードがインタビューに答えるのを見たことがある。当時エアハードはロシアに住んでいたので、ロシアからの衛星中継だった。

エアハードはインタビューで、近々アメリカに帰るかもしれないと答えていた。するとインタビュアーは、故郷に帰れるのは幸せかとたずねた。

エアハードは困ったように口をつぐんだが、ついに口を開いた。

「私は今も幸せです。故郷に帰るから幸せになるということはありません。」

幸せは生まれながらの権利だ。何かを達成したから幸せになれるのではない。目的地に着いたときだけが幸せなのではない。その途中も幸せでいられるのだ。