自分でできる!うつ・不安の克服



第7章 気分に流されない自分になる


多くの人は「やる気が出なくて、仕事(家事、勉強)ができない、集中できない」と言います。
行動を起こすためには「やる気」が必要だと信じているので、やる気が出ないときはほとんど何もしないか、しても集中できず作業はなかなか進みません。

実は、行動するためには「やる気」は必要ありません。行動するために必要なことは「気分に流されない」ということです。

この章では、気分に流されずに仕事、家事、勉強などの行動を起こしていく方法について学んでいきましょう。


<ツヨシさんの場合>

ツヨシさんは42歳、奥さんと2人の子どもがいます。電子部品の営業の仕事をしています。これまではなんとか必死で仕事をこなしてきましたが、最近の営業成績の不振と人間関係のストレスが重なり、仕事に行くことができなくなりました。病院に行くとうつ病と診断されました。

ツヨシさんは2か月間休職し、気分は少し楽になってきましたが、復職のことを考えるとまた気分は重くなってしまいます。仕事にも行けず、家にいても何もしていない自分は価値の無いダメな人間だと自己嫌悪に陥っていました。先の人生に明るい展望が思い描けず、不安をつのらせてばかりでした。

ある日、ツヨシさんは「自己嫌悪と不安が大きすぎて、何もやる気が起きない」とぼんやり考えていました。そのときツヨシさんは、あることに気がつきました。それは「活動量が減れば減るほど調子が悪くなる」ということです。調子が悪くなると、さらに活動量が減るという悪循環にも気がつきました。

ツヨシさんは自分自身に言いました。「このままではダメだ。何かをやろう。まず、布団から起き上がろう。」
ツヨシさんは、どんな気分であっても、まずは寝床から起き上がると決めました。気分の落ち込みや不安を感じながらも、朝食をとり、散歩に出かけ、公園で軽くストレッチをしてみました。驚いたことに、ツヨシさんは散歩から家に帰るころには、気分の落ち込みはほとんどなくなっていました。
「もし布団の中で横になったまま気分の落ち込みが過ぎ去るのを待っていたら、散歩の後のような気分にはならなかっただろう」とツヨシさんは思いました。



気分に流されると人生はコントロール不能になる

多くの人は、ツヨシさんのようにそのときの気分に流されて行動してしまいます。人は誰でも程度の差はあれ、行動は気分に左右されるものです。自分の気分に無自覚だと、その傾向はさらに高まるでしょう。かといって気分に流されたままの行動を取り続けると、あなたは恐らく達成したい目標には近づくことはできないでしょう。自分にとって有意義な行動をとることができないからです。

「人生」というのは、水面に浮かぶ葉っぱのように吹く風に流され、どこに向かうか分からないものなのでしょうか?

気分や感情は自然と出てくるものであって、基本的にコントロールはできません。その気分や感情に「行動」を合わせてしまうと、「行動はコントロール不能」になってしまいます。しかし実際には「行動はコントロール不能」なわけではありません。行動は気分に引っ張られますが、それを自覚さえすれば、気分に関係なく行動を選択することができます。行動を選択する力というのは、自分自身に対する認識の深さと関係しています。自分の気分や感情をより深く認識・自覚しているほど、そのときそのときの行動を選択する自由度が増していきます。行動の積み重ねが人生を創っているとすると、その時々の行動を自分の意思で選択できるということは即ち、「自分で人生(生き方)を選択できる」ということになります。



あなたの行動は気分に流されていないか?

あなたの行動が気分に流されたものかどうかを見分けられる簡単な方法があります。

たとえば、あなたは朝、「気分が落ち込んでいて、布団から起き上がれない」と考えているとしましょう。そのとき誰かが、「今、布団から出たら1万円あげるよ。朝ご飯を食べたらプラス1万円、散歩に出掛けて30分歩いたら更に3万円のボーナスをあげるよ」と言ったとしたら、あなたはどうしますか?多少、気分が悪くて身体が重くても、起き上がって朝食を食べようと思いませんか?気分が乗らなくても着替えて散歩に出かけませんか?

もし、そのようなご褒美(報酬)がもらえると「行動できる」のであれば、朝、布団から起き上がれないというのは気分に流された行動の可能性があります。気分に流された行動であれば、あなたには「気分に流されずに行動できる」可能性もあるのです。



<ワーク1>
日常生活の中で、あなたにとって必要(大切)なことなのに気分に流されて避けている行動はありますか?
それは何で、それをどのようにして避けていますか?

先のツヨシさんの例では、次のように書けます。
大切なこと ⇒ 朝起きて、朝ご飯を食べて着替えて散歩に行く
避ける方法 ⇒ 布団から起き上がらない、横になったままぐるぐる考え事をする

あなた自身のことを振り返って、思い浮かぶことがあれば書いてみましょう。



<ワーク2>
ワーク1で書き出したものの中で、ご褒美(報酬)がもらえればできそうな行動はありますか?もしあるなら、どのようなご褒美(報酬)をもらえれば、あなたはその行動をできそうですか?
(ツヨシさんは、一万円もらえれば頑張って布団から起き上がれそうだ、と考えました。)



<ワーク3>
少しのご褒美(報酬)で行動できそうであれば、すぐにでもあなたはそれを行動にうつせるかもしれません。できそうなことがあれば思い切ってやってみましょう。思い切って行動してみて気づいたことがあれば書き出してみましょう。



<レイコさんの場合>

レイコさんは36歳、独身です。最近、会社の人員削減のため職を失いました。

生活のために、すぐに次の仕事を見つける必要があることはわかっていましたが、なかなか行動できずにいました。
「こんな歳でどこも雇ってくれないのではないか」「仕事が見つかってもまたリストラされてしまうのではないか」と強い不安を抱いていたからです。

レイコさんは一念発起し、新しい職を見つけるための計画を立てました。家族や友人にも相談して、毎日インターネットで30分間情報を収集する、転職サイトに登録する、ハローワークに行くなど、具体的な行動を決めました。どんなに不安が強くても、気分が落ち込んでいても、計画を実行することを自分自身に約束しました。

また、ハローワークで担当者とどのような話をするか、前もって台本を準備しました。何度かハローワークに足を運ぶうちに、行動することに抵抗が少なくなっていることに気づきました。思い切って行動するようになって、レイコさんは少しずつ気分が良くなっていることも実感するようになりました。



気分に流されずに行動する

不安なときや落ち込んだときは、気分のままに行動するよりも、あなたの目標や計画に合わせて行動した方が良い結果が得られるでしょう。レイコさんは、そのときの気分に流されて行動するのではなく、決めた計画に従って行動することの大切さを学びました。高い目標を決める必要はありません。むしろ小さな目標を立て、小さなステップをひとつずつ進めていく方がうまくいくでしょう。レイコさんのように計画を進めていくときに、サポートをしてくれる人(家族、友人、治療者など)がいると、さらにうまくいく可能性が高まります。



<ワーク4>
気分に流された行動と気分に流されない行動を書き出して、計画を立てて一週間、実行してみましょう。
また、実行してみて気づいたことがあれば書き出してみましょう。



ひどいうつ状態のときはどうするか

何もできないくらいひどく気分が落ち込んでいるときはどうしたらいいのでしょうか?

布団で横になっている以外に何もできないと感じるくらい落ち込んでつらくなることもあるでしょう。ひどいうつ状態のときは、気分のしんどさ、つらさに加え、体のしんどさ(重さ、だるさ、痛み)があります。特に体のしんどさが強いときはゆっくりと体を休める必要があるでしょう。

一方で、うつ病の臨床研究から、「今は何もできない」と感じるときでも、実際には自分が思っている以上に活動できる能力があることが明らかにされています。自分では「何もできない」「これくらいしかできない」と思っていても、実際にやってみると意外と苦にならなかったり、徐々に気分や体調が良くなり活動を続けられる、ということがあるのです。重度のうつ病になると、行動の選択の余地など全くないと思い込んでしまいますが、そのようなときでさえ、動機づけがあれば、運動、家事、友人や家族と食事、散歩、手紙を書くことなど、実はできることはかなりあるのです。



自分に嘘をついている?無理をして演じているだけ?

気分がすぐれないときには、目標や計画にしたがって行動することは難しく感じるものです。先にもお話ししたように、気分と行動は本来は別のもので、自分の気分を認識さえしていれば、どのような気分のときでも行動は自由に選択することができます。

気分に流されずに行動してみると、最初のうちは慣れないこともあって、「気分に合っていない行動」に違和感や罪悪感のようなものを感じることがあります。自分の気持ちを抑え込んでいるように感じたり、元気であるかのように「無理をして演じている(振る舞っている)」と感じるかもしれません。また、自分を偽っている、自分に嘘をついている、というように思うかもしれません。

しかし、気分に流されずに行動することは自分を偽っていることにはなりません。あなたは気分のままに行動すると余計にしんどくなることに気づくようになりました。そして、自分で決めた計画に従って行動した方があなたにとって良い結果と楽な気分が得られることも経験を通して気づくようになりました。気分に流されずに行動できるのは、あなたが自身の経験から学んだ「気づき」を信頼するようになったことの表れです。それは、あなたがより自分らしく生きていこうとする前向きな行動といえるでしょう。



決心が揺らぐのは、心が弱いから?

先の「自分を偽っている」「無理をして演じている」と感じる違和感や罪悪感は、今までとは違う生き方をするようになったことからくる不安や怖れかもしれません。なぜなら、今までとは違う生き方というのは未知の世界なので、この先に何が起こるか予測できないからです。今までの生き方というのは多少つらくても「先が予測できる生き方」なので、脳はその方が「安全だ」と判断してしまいます。そのため脳は違和感や罪悪感などの不快な感情を使って、今までの生き方に引き戻そうとするのです。生存の確率を高めるために脳がそのような判断を下してしまうわけですから、ネガティブな感情を抱いて決心が揺らぐというのはごく自然な反応といえるでしょう。そうなってしまうのは決してあなたの心(精神)が弱いからではないのです。



気分・感情について大切な2つのこと

心地よい感情=良い感情、不快な感情=悪い感情というように、快=良い、不快=悪いと単純に結びつけられるものではありません。良い悪い・善悪などというのは、人間(誰か)が作った勝手な価値判断・価値基準です。感情自体には、良い感情や悪い感情などという区別は元々ありません。

感情は大脳辺縁系と深く関係しています。大脳辺縁系は脳の中の無意識の領域にあります。ですから、ある感情が意識にのぼってきたとしても、それが生じた理由・原因については人の顕在意識ではすべてを知ることはできないのです。どれだけ深く考えても、感情の原因を特定することは脳の仕組み上、原理的に不可能なのです。

気分・感情について、次の2つのことを意識に留めておくとよいでしょう。
① 気分・感情に「善悪」はない ⇒「良い感情」「悪い感情」という区別はない
② 気分・感情の原因は特定できない ⇒ 頭で考えて「原因らしきもの」を推測はできても、断定はできない

ですから、気分や感情についてあれこれ考える必要はないのです。どれだけ考えても「推測」の域を出ませんし、答えの出ないものを考え続けることで時間とエネルギーを消耗することになります。さらには、考えれば考えるほど、また余計な感情を作ってしまうことにもなります。

大切なことは「感情はただ感じていくだけ」です。「考え、分析する」ことは必要ありません。



感情はただ感じるだけ

先にもお話ししたように、どのような気分・感情も良い悪いなどの判断を加えずに、ただそれを感じていくだけです。気分・感情をなくすことはできませんし、なくす必要もありません。前向きな行動をするときに、前向きな気分である必要はないのです。後ろ向きな気分であっても、前向きな行動をとることはできます。それを今、このワークを通して学んでいるところです。「自分の気分・感情に気づいていること」、そして「目標や計画に合わせて行動を選択すること」、この2つが最も大切なポイントです。


それでは次に、目標を見つけ、それを達成していくステップについて説明していきましょう。



「目標」を見つけよう

気分が憂うつなときは、自分には目標がないように思えたり、目標を決めるのが困難に感じたりします。ここまで気分に流されずに行動する方法を学んできましたから、それをここで生かして次のワークを考えてみましょう。

<ワーク5>
短期目標と長期目標を考えてみましょう。短期目標は数日~数週間で達成したい目標、長期目標は数か月~数年で達成したい目標とします。大きな目標でも小さな目標でもかまいません。達成可能かどうか、現実的かどうかなど気にせずに、まずは思いつくままにできるだけたくさんの目標を書き出してみましょう。
大切なワークですので、ゆっくりと時間をかけてじっくりと考えてみてください。



短期目標の達成のための7つの手順

① 目標を定める
② 目標達成のためのステップを考える
③ ②で考えたステップを実行する順に並べる
④ 1つのステップに集中し遂行を約束する
⑤ どのような気分でも、そのステップを実行する
⑥ ひとつのステップを終えたら自分を褒める
⑦ 最終のステップまで④~⑥を繰り返す


① 目標を定める

まず、目標を明確にしましょう。
目標とは、将来こうなりたい、こうしたいといったことで、あなた自身が価値を認めているものです。「幸せになる」といった抽象的な目標では、進み具合を測ることは難しいので、測定可能な具体的なものにします。
また、「悩まなくなる」、「考え込む時間を減らす」というように、何かをなくす、減らすことを目標にするよりも、楽しめる活動など何かを増やしていく目標のほうが良いでしょう。

目標を考えるときは、次のことを意識しましょう。

・具体的(目標に数字を入れるとより具体的になります)
・現実的(目標に向けて努力すれば達成可能と思える)
・気持ちが前向きになれる
・目標を達成するために必要な行動(ステップ)が明確
・進み具合が分かりやすい(測定可能、進み具合を客観的に判断できる)


<ワーク6>
ワーク5で考えたことを参考にして、より具体的で現実的な短期目標を考えて書き出してみましょう。



② 目標達成のためのステップを考える

<ワーク7>
目標を達成するために必要なステップを考えて書き出してみましょう。
ステップの順番は気にせず、目標達成のために必要なステップをできるだけ細かく具体的に考えてください。ひとつのステップは小さければ小さいほど良いでしょう。ひとつのステップが小さいと全体のステップの数は多くなりますが全く問題ありません。ひとつのステップが小さいほど、成功の確率が高まります。


③ ②で考えたステップを実行する順に並べる

<ワーク8>
②で考えたステップを実行する順に論理的に考えて並べ替えましょう。迷ったときは、実行が容易なステップから並べるとよいでしょう。



④ 1つのステップに集中し遂行を約束する

<ワーク9>
最初のステップを実行する日時を決めましょう。決めたらカレンダーや手帳に計画を書き込んでください。「必ずやり遂げる」と遂行を決意し、自分自身に約束をしましょう。


⑤ どのような気分でも、そのステップを実行する

ここまで学んだことを生かして、どのような気分であってもやると決めたステップを実行してください。もしうまくいかなければ、そのステップの難易度が高すぎた可能性がありますから、そのステップを見直し、さらに細分化して実行しやすくしましょう。


⑥ ひとつのステップを終えたら自分を褒める

ひとつのステップが達成できたら、表にチェックを入れましょう。そして、どんな小さなステップであっても達成したことを認め、喜びましょう。「すごく簡単なことだ」「こんなくらい、たいしたことじゃない」などと考えないでください。目標に向けてステップをひとつ進めたのですから、自分をほめてあげる価値は十分にあります。自分にご褒美を準備しておくのも良いでしょう。


<ワーク10>
達成したステップにチェックを入れましょう。そして自分にご褒美をあげてください。



⑦ 最終ステップまで④~⑥を繰り返す

あなたの考えた短期目標のステップを進めていきましょう。計画を進めるにつれて、あなたの行動は以前ほど気分に振り回されていないことに気づくでしょう。気分に流されずに行動し続けることで、このような変化が起こってきます。決して魔法のように不安や憂うつが無くなるわけではありませんが、あなたは自らの力で自分の人生を生きている手ごたえと満足感を感じられるようになるでしょう。自信を取り戻し、気分は徐々に回復し安定していきます。


>>次の章へ『人生をコントロールする』



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