第6章 ネガティブ思考をやめる


第6章 ネガティブ思考をやめる


この章では、ネガティブな反復思考(堂々巡りの考え)を止める方法について学んでいきます。 子どもの頃に体験した記憶や感情がうつ病の発症に関係していると考えられてますが、うつ病を克服するためには、自分の記憶や感情が生まれるきっかけとなった体験を思い出すことは必ずしも必要ではありません。むしろ、子どもの頃の体験を思い出し、それを深刻に考えることで心身に有害な影響を与える場合もあります。


<ミキオさんの場合>

ミキオさんは、38歳の男性です。彼は自分でうつ病を治そうと決意し、うつ病についての本を何冊か読み、インターネットで情報を集めました。彼は調べていくうちに、幼少期の体験が影響して、自尊心が低くなったのだと考えるようになりました。うつ病の原因を理解しようと、毎晩、幼少期のつらかった出来事を思い出し、ノートに書き出していきました。幼少期の体験が今の自分の精神にどのように影響しているか考えるために、毎日長い時間を費やしていました。ときには、わずかに理解が進むことはありましたが、考えれば考えるほどわからなくなり、気分の落ち込みもひどくなりました。



<「自分を知る」とは?>

ミキオさんのように過去を振り返るような自己分析をする必要はありません。昔の嫌な出来事を思い出して、わざわざ気分を悪くする必要はないのです。「自分を知る」とは、過去の記憶を思い出すことではなく、「今、自分は何を考え(思考)、どう感じ(感情)、何をしているか(行動)を自覚すること」です。「自分を知る」とは、自分の思考、感情、行動を客観的に認識することです。常に自分を見ていこうとする意識を持つことが大切です。



<うつ病のときに考えること>

うつ病のときに考えることの多くは「過去の後悔」「現在の拒絶」「未来の絶望」です。
・「これまでの人生、失敗ばかりだ。何もうまくいったためしがない。」 ・「もう何もかも投げ出したい。この現実から逃れたい。」 ・「自分は最低な人間だ。もっとまともな人間に生まれ変わりたい。」 ・「私の両親は最低の人間だ。もっと温かい家庭に生まれたかった。」 ・「これから先もどうせいいことなんて何にもない。人生、真っ暗だ。」

治療者の多くは、うつ病の人のこのような否定的な考えをもっと前向きな考えに変えようとします。しかし、このプログラムでは違います。このプログラムでは、あなたの思考内容を変えるのではなく、「なぜ否定的な思考を繰り返してしまうのか?」をあなた自身が理解することを助けます。あなたがこの「ネガティブな反復思考」についての理解が進むと、あなたの思考パターンに変化が現れます。



<ネガティブな反復思考>

ネガティブな反復思考(以降は単に「反復思考」)とは、過去の不快な出来事、苦痛な考え、心配事を繰り返し考える活動を指します。ほとんどの人は、自分が反復思考をしていることに気づいていません。無意識の思考パターンなのです。 よくある反復思考は、次のようなものがあります。 ・将来の不安(仕事、結婚、金銭的なこと) ・人間関係の問題(家族、職場の人間関係など) ・過去の傷ついた体験(自分を傷つけた人への恨みなど) ・他人が自分をどう見ているか(自分は悪く思われている) ・過去の誤った判断(失敗した原因を考えて反省する)



<課題6-1> あなたの思考に意識を向け、ネガティブな反復思考を見張りましょう。反復思考をしていることに気づいたら、その思考内容を確かめて書き出してみましょう。

<課題6-2> 課題6-2で書いた反復思考をしているときに、あなたはどのような気分になっていますか?また、その反復思考と気分の関連について気づいたことがあれば書き出してみましょう。



<反復思考の問題点>

① 反復思考は疲れる
② 反復思考は問題解決の意欲をなくさせる
③ 反復思考は注意力を低下させる

① 反復思考は疲れる
過去の後悔や未来に起こりうる不安について3分間反復思考をしたとします。その反復思考の前後で気分はどう変化すると思いますか?いくつかの心理学実験でも確かめられていますが、反復思考の後は気分は悪くなるのです。この結果は経験的にもそうだとわかりますね。 しかしながら、反復思考は自分ではなかなか気がつきません。自動的な思考で無意識での習慣になっているからです。何もしていないのに、なぜか気持ちが沈んで疲れてしまうというのは、無意識での反復思考の結果かもしれません。
② 反復思考は問題解決の意欲をなくさせる


<ナツコさんの場合>

ナツコさんは、明日のプレゼンの準備をしていました。上司に資料を見せたところ、一部の間違いを指摘されました。ナツコさんは、上司の指摘を受けてひどく落ち込んでしまいました。「こんな簡単なミスにも気づかなかった」「自分は無能だ」「上司はあきれてるに違いない」「他にもミスがあるだろう」「明日は大勢の人の前で恥をかくかもしれない」。そのようなことをくよくよ繰り返し考えて、仕事が手につかなくなり、時間ばかりが過ぎてしまいました。ナツコさんは間違いを直そうという気持ちは持てなくなりました。

ナツコさんのようなケースは珍しいことではありません。多くの人が、問題に直面したときに解決のための行動をとらず、ネガティブな反復思考に時間を費やしてしまい、結果的に自分の首をしめてしまいます。ある心理学の研究では、反復思考は、頭の中で自己批判を繰り返すことで自信を喪失させ、将来に向けた楽観的な気持ちを低下させることが示されています。また反復思考をすることによって、ナツコさんの例のように、問題を解決しようという意欲が低下することも確かめられています。ネガティブな反復思考をすればするほど、問題解決から遠ざかってしまうのです。



③ 反復思考は注意力を低下させる
車の事故の原因のほとんどは、ドライバーの不注意によるものです。ドライバーは、運転中に考える必要のない「考え事」をしていたために周囲の人や車に気づかず、事故を起こしてしまうのです。反復思考(考え事)をしていると、自分の頭の中の世界に没入してしまい、目の前で起こっていることが見えなくなります。これが反復思考によって注意力が低下している状態です。反復思考は、集中力だけでなく、注意力もなくしてしまうのです。



<反復思考についての思い込み>

多くの人は次のような思い込みを信じています。

・問題(悩み事)について何度も繰り返し考えることは必要(大切)なこと。
・深く考えると問題(悩み事)を解決できる。

このように「考えることは役に立つ」と信じている人ほど、反復思考をする時間が長いことが心理研究からわかっています。さらに、反復思考をする時間が長い人ほどうつ病になりやすいこともわかっています。



<課題6-3> あなたは反復思考に意味や必要性を感じていましたか?それとも、気がつかないうちに習慣でやっていましたか?気づいたことがあれば書き出してみましょう。



<考えることは役に立たない?>

もしパソコンが動かなくなったら、原因は何かと考えなければなりません。「考えること」が問題解決のために必要であることは間違いないでしょう。 「考えること」が役に立つか役に立たないかの判断は、次のことを参考にするとよいでしょう。

●「考えること」が役に立つとき
・考える対象・目的が明確なとき(パソコンの調子が悪いときなど)
・問題の解決が可能であるとき(自分で原因を調べて直す、業者に修理を頼む、新品を買う)

●「考えること」が役に立たないとき(→ネガティブな反復思考に陥りやすい)
・考える対象、目的が漠然としているとき(漠然とした将来の不安、過去の後悔、人にどう見られているかについて考えているとき)
・答えの無い、答えのわからない問題について考えているとき(あの時どうすべきだったか?これからどう生きるべきか?自分は周りからどう思われているのだろう?)
・ネガティブな気分に陥っているとき(漠然とした不安、イライラ、悲しみ、失望などを感じているとき)



<課題6-4> ネガティブな反復思考に陥りやすいパターンを理解できましたか?上の説明を読んで思ったこと、気づいたことを書き出してみましょう。



<反復思考は回避の手段になる>

この章の最初に出てきたナツコさんの例を振り返ってみましょう。ナツコさんは、自分を責めたり、後悔や反省をすることで、今後の失敗を減らすことができると考えていました。ナツコさんにとって大切なことは、今後の失敗を減らすことではなく、目の前の問題を解決することです(この場合は資料の間違いの訂正すること)。ナツコさんは、くよくよと考えることで現実の問題を回避しているとは思っていませんが、実際には問題解決に向けた行動を避ける結果になっています。ネガティブな反復思考をすることで、無駄なエネルギーと時間を費やし、問題解決をより困難にしてしまうのです。 反復思考は回避の手段となります。けれども、反復思考をしている人は「考える必要のあることを考えている」と思い込んでいるので、自分が現実から目をそらすために考え事をしているなどとは思えません。



<課題6-5> あなたの生活の中での反復思考を振り返り、考えている内容、回避している可能性のあること、その結果について書き出してみましょう。



<感情体験と反復思考は異なる>

大切な人を失ったり、仕事を無くしたりという辛い出来事が起きたために、しばらくの間、悲しみに沈んで泣いたり、腹が立ったり、がっかりしたりすることは全く正常な反応です。これらの感情は数時間から数日、長ければ数週間続くこともありますが、時間が経てば過ぎ去るものです。どのような感情も時間をかけて感じ尽くし、味わい尽くせば消えて無くなるものなのです。 これに対して、反復思考の場合は、時間が経っても不快な感情は無くなることはありません。むしろ、不快な感情は強くなります。実際には、正常な感情体験と反復思考の区別は難しいのですが、時間が経ってもスッキリする感じがなければ反復思考をしていると考えてまちがいないでしょう。



<反復思考を止める5つのステップ>

反復思考は無意識の自動的な習慣になっているため、すぐに止めることはできません。以下のステップに取り組むうちに、反復思考をすることが徐々に少なくなり、やがてなくすことができます。 ① 反復思考を認識する ② 反復思考にラベリングする ③ 反復思考が出たら行動する ④ 感覚に意識を向ける ⑤ ネガティブな思考を否定しない
① 反復思考を認識する
これまでの説明と課題をとおして、反復思考についての理解が深まってきました。 反復思考を止めるための最初のステップは、「反復思考していることを認識する(自覚する)こと」です。 次のチェックに当てはまれば、ネガティブな反復思考をしている可能性が高いです。
□ ネガティブな出来事や想像を繰り返し考える。
□ 気分がすぐれない。
□ 考えることが、問題解決に役立っていない。

② 反復思考にラベリングする
ネガティブな反復思考をしていることに気がついたら、「これは反復思考だ」もしくは「今、反復思考をしている」とつぶやいてください。声に出してもいいですし、心の中でつぶやいてもかまいません。これが「ラベリング」です(ラベルを貼るという意味です)。「ラベリング」は自分の考えを客観視する効果があります。ラベリングは反復思考をコントロールする上でとても重要なステップですので、必ず「今、反復思考をしている」とつぶやいてラベリングしてください。

③ 反復思考が出たら行動する
反復思考に気がつき、ラベリングをしたら、すぐに何かの行動を開始します。散歩をする、買い物に出かける、読書をする、子どもと遊ぶ、筋トレをする、ストレッチをする、音楽を聴く、パソコンをつける、ラジオをつける、部屋や台所の片づけをする、その場で飛び跳ねる、踊る、アロマやお香を焚く、コーヒーをいれる、数回深呼吸(腹式呼吸)をする、瞑想をするなど。どのような行動でもかまいません。重要なポイントは、反復思考に気づいたら「すぐに行動する」ということです。



<課題6-6> 反復思考が出たときにとる行動を考えてリストを作ってみましょう。複数の行動パターンを準備しておくと対処しやすくなります。



④ 感覚に意識を向ける
行動するときに大切なことは、「行動そのものに集中する」ということです。 散歩をしながら考え事をしていたら、それは散歩ではなく考え事をしていることになります。 音楽を聴きながら考え事をしていたら、それは音楽を聴いているのではなく考え事をしていることになります。 反復思考が習慣になっている人は、気がつかないうちに考え事を始めています。何か行動をしているつもりでいても、考え事をしていれば行動していることにはなりません。意識的に反復思考を見張ってください。



<課題6-7> あなたは何をしているときに考え事をしやすいですか?あなたに当てはまるものにチェックをつけてみましょう。
□ 食事をしているとき
□ 仕事をしているとき
□ 車の運転をしているとき
□ 音楽を聴いているとき
□ 歩いているとき
その他にあれば、書き出してみましょう。



<五感を感じる>

考え事から離れ、行動に集中する最も優れた方法は、「体験していることに意識を向ける、五感を感じる」ことです。 たとえば、散歩をしているときに、何が聞こえるか、何が見えるか、どんな匂いがするか、身体の感覚はどんな感じか、体験していることを感じて、それを楽しむのです。
何が聞こえるか(鳥の鳴き声、風の音、車の音、木の揺れる音
何が見えるか(庭の木、道端の草花、散歩している犬、空に浮かぶ雲、小さな石、すずめ)
どんなにおいがするか(草花のにおい、海のにおい、土のにおい、魚を焼くにおい、春のにおい)
肌・身体の感じはどうか(さらさら風を感じる、日光を浴びて暖かい、心地いい、足の裏を感じてみる)

音楽を聴くときは、身体をゆったりとリラックスさせ、目をつぶって音にひたってみましょう。 好きな物を食べるときは、ゆっくりと味わってみましょう。 考えることが習慣になっている人は、「体験していることに意識を向ける、五感を感じる」ということが最初は難しく感じられます。まず3日間、これを意識して過ごしてみてください。うまくできていないと思っても、ただ続けてみてください。考えていることに気がついたら、ただ感覚に意識を戻すのです。それを何度も何度も繰り返していくだけです。徐々に慣れてきますから、諦めずに続けてください。2~3週間続けると、あなたは考え事をしている時間が少なくなっていることに気づきます。そして、以前よりも頭がスッキリ軽くなって、気分も軽くなっていることに気づきますよ!



<課題6-8> 体験に意識を向けて感覚を味わってみてください。その体験を通して気づいたことがあれば書き出してみましょう。



⑤ ネガティブな思考を否定しない
「またネガティブなことを考えてしまった」 「いつもこうだ、同じことを繰り返してる」 「なんて自分はダメなんだ」 「頑張ってもどうせ治らない、変わらない」 体験に意識を向けても、考えを止めることは簡単ではありません。ネガティブな反復思考が出たら、それを無理に止めようとするのではなく、ラベリングし、考えていることを客観的な第三者の視点からただながめるのです。思考内容がネガティブであっても、善悪の判断をせずに、ただ認識するだけです。また、「考えるのをやめよう」としないことも重要です。「考えるのをやめよう」とすればするほど思考に巻き込まれてしまうからです。 重要なポイントは次の2点です。
・どのような思考が浮かんでも、善悪の判断をしない。
・考えるのをやめようとしない。考えていることをただ認識するだけ。




第1章 うつ病と不安の克服に向けて
第2章 行動と気分のつながりを理解する
第3章 行動を変え、気分を変える
第4章 逃げない自分になる
第5章 新しい生活を手に入れる
第6章 ネガティブ思考をやめる
第7章 気分に流されない自分になる
第8章 人生をコントロールする