自分でできる!うつ・不安の克服



第一章 うつ・不安の克服「外から内へ」


<アケミさんの場合>(人物、設定はすべて架空のものです)

アケミさんは高校卒業後、就職し、親元を離れて暮らすようになりました。高校卒業、就職、引っ越し、一人暮らし。多くの変化が同じ時期に重なり、大きな不安とストレスを感じていました。

初めての一人暮らしに漠然とした寂しさも感じていました。一人暮らしを始めて半月ほどたった頃、気分が落ち込んでいることに気づきます。次第に、好きだった映画鑑賞、読書、ショッピングなどにも興味が持てなくなりました。

夜中に何度も目が覚めるようになり、朝まで眠れなくなることが続くようになります。睡眠不足のため疲れがとれず、毎朝、重い体を引きずって仕事に行くようになりました。

職場では仕事に集中できず、人の話が頭に入らなくなり、仕事に全く手がつかなくなってしまいました。仕事ができなくなったことで、無力感と罪悪感でいっぱいになり、苦しい毎日を送るようになりました。

アケミさんはあるとき、自分が「うつ病」にかかっていることに気づきます。そして、不安と焦りの気持ちから様々な疑問が頭の中を渦巻くようになりました。

「なぜ自分はうつになってしまったのか? 原因は何だろうか?」
「そうなるということは 自分は他の人よりも劣った人間なのだろうか?」
「弱い人間だからなってしまったのだろうか?」
「過去、子どもの頃に問題があったからだろうか?」
「どうすればうつを克服できるのだろうか?」
「精神科、心療内科に行くべきだろうか?」
「薬を飲まないといけないのだろうか?」
「また以前のように元気になれるのだろうか?」




「うつ病」の疑問に答える

アケミさん抱いた疑問は、うつ病の人の多くも同じように考えます。ここではこれらの疑問に簡単に回答をしてみましょう。


Q.なぜ自分はうつ病になってしまったのか?原因は何だろうか?

A.性格、遺伝、環境などの相互作用により、うつ病が発症すると考えられています。その発症プロセスはとても複雑で、うつの原因をひとつに特定することはできません。また、うつ病と脳内の神経伝達物質との関連が示されていますが、神経伝達物質の脳内での増減・変化がうつ病の「原因」なのか、もしくはうつ病による「結果」なのかは分かっていません。

原因を考えると不明なことも多く複雑なのですが、実際のところ、うつ病を克服するのに原因を特定する必要はありません。


Q.うつ病になるということは自分は他の人よりも劣った人間、弱い人間なのだろうか?

A.ストレス環境にさらされると誰でもうつ病になる可能性があることがわかっています。うつ病になる人が劣った人間、弱い人間というわけではありません。


Q.過去(幼少期)に問題があったからだろうか?

A.幼少期の経験が成人後のうつ病発症の要因のひとつとされていますが、それだけが発症の原因になるわけではありません。様々な要因の中のひとつに過ぎません。たとえ幼少期の経験がうつ病の発症に大きな影響を与えているとしても、取り組むのは現在の生活を改善していくことです。


Q.どうすれば克服できるのだろうか?

A.改善の効果が認められている方法は、薬物療法、心理療法、運動療法、栄養療法などがあります。これらの方法を組み合わせることで相乗的に効果が現れます。また、これらを継続することで再発の予防にもなります。


Q.精神科、心療内科に行くべきだろうか?薬を飲まないといけないのだろうか?

A.薬物療法は比較的早くうつ症状を改善する効果がみられますが、根本的な治療にはならないこと、また再発しやすいことが大きな問題となります。

一方で、心理療法やカウンセリングは、「考え方が変わる」ことで症状を改善するため、根本的な治療法となります。また再発予防の効果も高いことが特徴です。心理療法、カウンセリングのデメリットとしては、薬物療法に比べて時間と労力がかかるという点があげられます。

実際には、薬の助けを借りて気分のつらさを和らげつつ心理療法、カウンセリングを受けるという治療法になることが多いようです。それらと並行して運動療法、栄養療法などを取り入れるとより安定してに治療が進むでしょう。


Q. また以前のように元気になれるのだろうか?

A.うつから抜け出し、やる気に満ち、人生を楽しめる日は必ずやって来ます。治るまでの期間は人により異なりますが、治らない人はいません。また、うつを克服した人の多くは、以前とは全く違う生き方をするようになります。なぜなら、うつを克服する過程でこれまでの自らの生き方を振り返り、自己理解が深まるからです。自己理解が深まるにつれて、物事の見方、考え方が変わります。うつが治るというのは、以前の状態に戻ることではありません。今までとは違う自分になって、心穏やかに、前向きな気持ちで生きられるようになるのです。





環境の変化は大きなストレスになる

私たちを取り巻く社会環境は急激に変化しています。人は環境に適応する能力を持っていますが、あまりに大きな変化が起こったときは圧倒され適応することが難しくなります。

また、個人の生活での大きな変化として、転職、昇進、失業、結婚、人間関係の悪化、愛する人の喪失、引っ越しなどがありますが、どれもが大きなストレスとなり、うつ病発症のきっかけとなります。アケミさんがそうであったように、環境の変化はうつ病発症の危険因子となるのです。


< ワーク1>
過去半年もしくは一年くらいの間にあなたの生活に起きた変化を振り返ってみましょう。大きな変化や小さな変化、ネガティブな変化やポジティブな変化があったと思います。ゆっくりと振り返って書き出してみましょう。

(例)職場での昇進、異動、うつ病による休職、失業、大切な人との出会いと別れ、引っ越し、など。




うつと不安のループ構造(悪循環)

「思考 ー 感情 - 行動」はそれぞれが影響し合って「ループ構造」を形成します。思考が感情を生み、感情が行動を起こします。その行動の結果を受けて思考が起こり、また感情が生まれます。「思考 ー 感情 - 行動」にはそのような結びつきがあります。

不安や憂うつな気分が強いときには、思考・感情・行動の負の方向への連鎖によって「ネガティブなループ」を形成します。ネガティブな思考がネガティブな感情を生み、ネガティブな行動によって出来事をさらに悪い方向へと導いてしまうのです。いわゆる「悪循環」と呼ばれるものです。悪循環のループに入ってしまうとネガティブな思考が止められなくなり、不安や憂うつな気分を強くしてしまいます。



<タケシさんの場合>

タケシさんは会社が倒産して失業したことをきっかけにうつ病になりました。会社が倒産したのは自分のせいではないことは理解していましたが、なぜ自分の身にこのようなことが起こったのか、何が原因なのだろうと考えるようになりました。

毎日何時間もテレビを見て過ごすうちに状態はどんどん酷くなっていきました。うつ病になる前は友だちも多く社交的で運動や読書などが好きで楽しんでいましたが、うつ病になるとこれらの活動に全く関心が持てなくなりました。外出することも億劫に感じるようになりました。

一人で家にこもっていると、否定的なことをあれこれ際限なく考えてしまい、気分の落ち込みはさらに酷くなります。何もしていないのにぐったり疲れてしまいます。

このときタケシさんは「ネガティブなループ(悪循環)」にはまっているのです。

友人がタケシさんに尋ねました。
「どうして一人で家にこもっているの?」
タケシさんは少し考えて答えました。
「家でゆっくり過ごしている方が気分が楽だから」

うつ病のときは外出するよりも家にいる方が気分も体も楽なのですが、実は家にこもって一人で過ごしていると長期的にはうつ状態を悪化させてしまいます。その理由は、一人でいると「ネガティブなループ(悪循環)」に陥りやすくなるためです。うつ状態のときはタケシさんのように一人になりたくなりますが、そうするとネガティブな悪循環に陥りやすくなる、このようなジレンマがうつ病の回復を困難にしている理由のひとつとされています。

では、どうすればネガティブな悪循環から抜け出せるのでしょうか。




ポジティブ(前向き)な行動とは?

うつと不安のループから抜け出すためには、まず自分の行動パターンを観察することが大切です。そして次に、その行動パターンを自分にとってプラスになる別の行動に置き換えます。

その行動が自分にとってプラスになる「ポジティブ(前向き)」なものかどうかは、その行動をとったあとの「気分の変化」を観察することで評価します。

「ポジティブな行動」というと、好きなものを食べたり、旅行をしたり、ゲームをしたりといった「楽しい」活動を想像するかもしれませんが、そのような活動は「ポジティブな行動」の一部に過ぎません。楽しい活動によってうつや不安が和らぐことはありますが、気分を良くするための行動は必ずしも楽しい活動である必要はないのです。実際には、楽しいことではなくても、自分にとって重要だと思えること、例えば掃除、洗濯などの家事、勉強、運動、仕事などをすることで気分は良くなります。

ここでは、「ポジティブな行動」を「長期的にみて気分が良くなる行動」と定義します。これにはもちろん「楽しい行動」も含まれますが、それよりも広い意味でとらえます。

(余談ですが、「楽しいことだけをしていればうつ病は治る」ということはありません。もしそうなら、極論すれば、好きなマンガや映画に一日中ふけったり、遊園地に行って遊べばうつ病が治ることになりますが、実際にはそうはなりません。)


<ワーク2>
気分が落ち込んでいる時、眠れない時、疲れやストレスがたまっている時に、あなたがよくとる行動(対処法)を振り返って書き出してみましょう。

それらの行動、対処法によって気分は良くなりますか?悪くなりますか?それは一時的なものでしょうか?しばらく時間が経ったあとはどんな気分になっているでしょう?行動したあとの気分の変化を観察してみましょう。




外から内へ変化を起こす

ポジティブな行動を生活に取り入れ習慣にしていくことで、不安や憂うつな気分は徐々に少なくなっていきます。その理由は「行動を変えることで気分が変わる」「気分が変わることで考え方が変わる」という行動心理学、脳科学で明らかにされている「心の作用」があるからです。

人の内面「考え方や価値観」「気分や感情」は簡単に変えることはできませんが、外面「態度や行動」であれば意識的な努力で変えることができます。

たとえば、部屋の片付けをする気になれなかったとしても、あなたは洗濯物をたたんだり、床に散らかっている物を片付けたりすることはできます。

やる気が起こらなくても、掃除機のコンセントを差し込むことはできます。

嫌々な気持ちで掃除をはじめたとしても、小さな作業を続けていくうちに嫌々だった気持ちはだんだんと薄れて、しだいに作業に集中できるようになります。

この例は、外面(行動)から内面(気分・考え)へ働きかけることの効果を示しています。外面の行動を変えることで、あなたの内面での感じ方が変わるのです。

ポジティブな行動を生活に取り入れ習慣にしていくと、しだいにあなたの内面の考え方、価値観、気分が変わっていきます。

「外から内へ」それがうつ・不安を克服していくひとつの道筋になります。



「行動実験」と「セルフモニタリング」

「行動実験」とは、ある行動を試してみることをいいます。

「セルフモニタリング」とは「自己観察」、すなわち自分の思考、感情、行動を客観的に観察することです。

ある行動をとったときに、気分がどのように変わるかを観察します。あたかもあなたが科学者であるかのように、注意深く行動と気分に意識を向けて観察します。

たとえば、あなたはテレビを見ていると気分が悪くなる傾向があることに気づきます。そうすると「テレビを見る代わりに何か別の行動をとれば少しでも気分が良くならないか」ということを確かめる「行動実験」の計画を立てることができます。

テレビを見る時間を減らして、代わりに読書をする、音楽を聴く、友だちと電話で話す、などの行動実験が考えられます。

そして「セルフモニタリング」をして気分の変化を確かめます。行動実験をすることで、憂うつになる行動パターン、気分が良くなる行動パターンを発見していくことができるのです。行動実験とセルフモニタリングを日常生活の中で繰り返すことによって、自分自身についての「データ」を集め、新たな生活習慣を作っていくのに役立てていきます。


>>次の章へ『行動と気分のつながりを理解する』


第1章 うつ・不安の克服「外から内へ」
第2章 行動と気分のつながりを理解する
第3章 行動を変えるための8ステップ
第4章 逃げない自分になる
第5章 新しい生活を手に入れる
第6章 ネガティブ思考をやめる方法
第7章 気分に流されない自分になる
第8章 人生をコントロールする



参考:うつ病の診断基準

①~⑨の症状のうち、5つ以上が当てはまり(①②のどちらか一方は必須)それらの症状が2週間以上続いていて苦痛を感じている、あるいは生活に支障をきたしている場合に「うつ病」と診断されます。

① ほとんど毎日続く抑うつ気分
② 何も楽しいと感じることができず、無気力で興味がわかない
③ 食欲が低下している
④ よく眠れない
⑤ イライラやあせりがある
⑥ 疲れやすく、気力が減退している
⑦ 自分を責めてばかりいる、無価値観がある
⑧ 集中力が低下し、考えることができない
⑨ 繰り返し死にたいと思う


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