第1章 うつと不安の克服に向けて


第1章 うつと不安の克服に向けて


<うつ病発症の要因>

どんな人でも、悲しいことがあったり
大きな失敗をしたときは
食欲が無くなったり、眠れなくなったりするものです。

また、仕事に追われ多忙な生活が長く続くと
気づかないうちに疲れが蓄積します。
意欲が減退して、体調が悪くなることもあります。

こういう状態が長引くと次第に症状が重くなり
自然には治らなくなります。
これが「うつ病」という状態です。

以前は、個人の性格がうつ病の主な要因であると
考えられていました。
几帳面でまじめ、こだわりが強く
がんばりすぎてしまう、といった性格の人は
ストレスをため込みやすく
うつ病になりやすいといわれています。

しかし、近年の研究によれば、うつ病は
きっかけとなる強いストレスに直面すれば
誰でもかかる可能性のある病気であることが
わかってきました。

脳科学の進歩によって、人間の気分や感情の変化は
脳神経の働きと密接に関係していることが
明らかになってきました。
脳の神経細胞間では、セロトニンやノルアドレナリン、
ドーパミンといった神経伝達物質を介して
情報が伝達されます。

しかし、うつ病の発症メカニズムについては
まだまだ解明は進んではいません。
ストレスによって脳機能がどのようにダメージを受けて
うつ症状を引き起こすのか、その脳内メカニズムは
いまだ不明のままです。

また、遺伝子解析の進歩によって
うつ病に関係する可能性のある遺伝子も
報告されていますが
これも現時点ではまだ仮説の段階です。



<うつ病の患者数>

厚生労働省の調査では、うつ病の患者数は2008年に
100万人を突破し、その後も増え続けていることが
報告されています。
この調査は医療機関を受診した人の統計です。
うつ病の人は医療機関の受診率が低いことが
わかっていますので、実際にはこの何倍もの人が
うつ病に悩まされていると考えられています。

また別の調査では、日本では一生のうちに
10人に1人程度の人がうつ病
もしくはうつ症状に悩むとも報告されています。



<うつ病の症状>

うつ病は、精神的な苦痛をともなう病気です。
強い憂うつ感、気分の落ち込みが長く続きます。
自分では気持ちの切り替えができないため非常に苦しく、
生活や仕事に支障が出てきます。

その症状はとくに朝方に強くなります。
また、精神的なエネルギーが低下した状態であるため、
周囲のことや趣味などに興味が持てなくなります。

何も楽しめず、むなしい気持ちが強くなります。
ほかに、集中力や思考力の低下、強いあせり、
必要以上に自分を責める、などの症状が出てきます。
自分は価値の無い人間、という思いも強くなります。

うつ病の症状は次のようなものです。

・抑うつ気分
 気分の落ち込みが一日中、毎日続く。
 とくに朝方にひどくなる。

・興味や喜びの喪失
 今までしていた活動や趣味に興味が持てなくなり
 何をしても楽しくない。
・食欲不振
 食べる気がせず、何を食べてもおいしくない。
 体重が減ることもある。
・睡眠障害
 寝つきが悪くなったり、早朝に目が覚めて
 そのあと眠れなくなる。
・疲れやすい
 たいして動いていないのに、ひどく疲れたり
 身体が鉛のように重く感じる。
・自殺を考える
 どこか遠くへ行きたい、消えてしまいたいと
 考えるようになる。
・集中力がなくなる
 集中力がなくなり、以前のように家事や仕事が
 できなくなる。
・動きが遅くなる
 体の動きが緩慢になったり、口数が減ったり
 声が小さくなる。
・自責の念が強くなる
・根拠もなく、または過剰に自分を責めるようになる。



<DMS-Ⅳによるうつ病の診断>

①~⑨の症状のうち、5つ以上が当てはまり
(①②のどちらか一方は必須)
それらの症状が2週間以上続いていて苦痛を感じている、
あるいは生活に支障をきたしている場合に
うつ病と診断されます。

① ほとんど毎日続く抑うつ気分
② 何も楽しいと感じることができず、無気力で興味がわかない
③ 食欲が低下している
④ よく眠れない
⑤ イライラやあせりがある
⑥ 疲れやすく、気力が減退している
⑦ 自分を責めてばかりいる、無価値観がある
⑧ 集中力が低下し、考えることができない
⑨ 繰り返し死にたいと思う



< 課題1-1>
上記の症状のうち、あなたに当てはまるものを
チェックしてみましょう。
また、このリストにない症状があれば書き出してみましょう。



<うつ病と社会環境>

うつ病は、社会環境と密接に関係していると
いわれています。
核家族化、インターネットの普及、
雇用形態の変化(派遣社員の増加)など
現代社会はうつ病になりやすい環境にあると
いわれています。

近年、核家族化が進み、孤立する人々が増えています。
さらに、インターネットが広く普及したことで
人は寂しさを紛らわすために
バーチャルでの人の繋がりを強く求めるようになりました。
その結果、現実の人間関係は希薄になり
人々はますます孤立するようになりました。

また、多くの企業は派遣社員という雇用形態をとるようになり
人を機械の部品のように簡単に取り替えることが
できるようになりました。

このような社会環境の影響を受けて
無気力、悲観的になってしまう人は少なくありません。



<環境の変化は大きなストレスになる>

私たちを取り巻く社会的な環境は急激に変化しています。
環境の変化はうつ病の危険因子となります。
人は環境に適応する能力を持っていますが、
あまりに大きな変化が起こったときは圧倒され
適応することが難しくなります。
個人的な生活での大きな変化として、転職、昇進、失業、
結婚、人間関係の悪化、愛する人の喪失、引っ越し
などがありますが、そのどれもが大きなストレスとなり
うつ病発症のきっかけとなります。



< 課題1-2>
過去半年の間に、あなたの生活に起きた変化を
振り返ってみましょう。
大きな変化や小さな変化、ネガティブな変化や
ポジティブな変化があったと思います。
ゆっくりと振り返って書き出してみましょう。

(例)職場での昇進、異動、うつ病による休職、失業、
   大切な人との出会いと別れ、引っ越し、など。



<アケミさんの場合>

(人物、設定はすべて架空のものです)

アケミさんは高校卒業後、就職し親元を離れて
暮らすようになりました。
高校卒業、就職、引っ越し、
多くの変化が同じ時期に重なり、アケミさんは
大きなストレスを感じていました。

また、初めての一人暮らしに
漠然とした寂しさも感じていました。

一人暮らしを始めて半月ほどたったころ、アケミさんは
気分の落ち込みを自覚するようになりました。

好きだった映画鑑賞、読書、ショッピングなどにも
興味が持てなくなりました。
しばらくすると、アケミさんは夜中に何度も
目が覚めるようになりました。

睡眠不足のため疲れがとれず、毎朝、
重い身体を引きずって仕事に行くようになりました。

職場では仕事に集中できず、人の話が頭に入らなくなり、
仕事に全く手がつかなくなってしまいました。

仕事ができなくなったことで、無力感、罪悪感、
絶望感でいっぱいになり、
苦しい毎日を送るようになりました。

アケミさんは自分がうつ病にかかったと気づき、
次のようなことを繰り返し考えるようになりました。

「なぜ自分はうつ病になってしまったのか?
 原因は何だろうか?」
「うつ病になるということは
 自分は他の人よりも劣った人間なのだろうか?」
「弱い人間だから、うつ病になってしまったのだろうか?」
「うつ病になったのは
 過去(幼少期)に問題があったからだろうか?」
「どうすればうつ病を克服できるのだろうか?」
「病院(精神科・心療内科)に行くべきだろうか?」
「また以前のように元気になれるのだろうか?」



<課題 1-3>
アケミさんが考えたことは
うつ病の人の多くが同じように考えます。
アケミさんが考えたことの中で
あなたも同じように考えたものはありますか?
あればチェックをつけてください。
また、この他にあなたが考えていたことがあれば
思い出して書き出してみましょう。



<うつ病の疑問に答える>

アケミさんの疑問に簡単に回答してみます。

Q.なぜ自分はうつ病になってしまったのか?
  原因は何だろうか?

A.体質、性格(物事の考え方)、環境などの
相互作用により、うつ病が発症すると考えられています。
その発症プロセスはとても複雑で
うつ病の原因を特定することは不可能です。

また、うつ病と中枢神経系の神経伝達物質との
関連性が示されていますが
この神経伝達物質の増減・変化がうつ病の原因であるのか
うつ病による結果なのかは明らかにされていません。

覚えておくべき重要なことは
うつ病の克服のためには必ずしも原因を特定する必要は
ないということです。


Q.うつ病になるということは、自分は他の人よりも劣った人間、
  弱い人間なのだろうか?

A.ストレス環境にさらされると、誰でもうつ病になる可能性が
あることがわかっています。
うつ病になる人が劣った人間、弱い人間というわけではありません。


Q.うつ病になったのは、過去(幼少期)に
  問題があったからだろうか?

A.幼少期の経験が成人後のうつ病の危険因子であることは
知られていますが、決定的な要因ではありません。
もし幼少期の経験がうつ病に影響しているとしても
取り組むのは現在の生活を改善することです。


Q.どうすればうつ病を克服できるのだろうか?

A.うつ病改善の効果が認められている方法は
認知療法、行動療法、運動療法、栄養療法、薬物療法
などがあります。


Q.病院(精神科・心療内科)に行くべきだろうか?

A.薬物療法はうつ気分を改善する効果が認められていますが
根本的な治療にはならず
再発しやすいことが大きな問題となっています。

一時的に薬の助けを借りてつらさを緩和しつつ
カウンセリングを受けたり、運動療法、栄養療法などに
取り組むことで改善に向かいます。


Qまた以前のように元気になれるのだろうか?

A.うつ病から抜け出し、やる気に満ち、
人生を楽しめる日は必ずやって来ます。
うつ病を克服した人は、以前とは全く違う生き方を
するようになります。
つらい苦しい状態を経験することで
人間的に大きく成長するからです。


<課題 1-4>
上記の回答をみて、納得できたこと、期待できること、
よくわからないこと、感想など、
あなたの考えたことを書き出してみましょう。



<うつ病のループ構造>

うつ病のときの思考と感情、行動はぐるぐる回る
ループ構造(悪循環)をもっています。
生活上の嫌な出来事はうつ病のきっかけになりますが
そのときの思考や行動によって出来事をさらに悪い方向へと
導いてしまうことがあります。

そうすると、その出来事のストレスがさらに大きくなり
うつ病を悪化させてしまいます。



<タケシさんの場合>

タケシさんは最近、会社が倒産して失業したことを
きっかけにうつ病になりました。
タケシさんは、会社が倒産したのは自分のせいではない
ことは理解していましたが、
なぜ自分の身にこのようなことが起こったのか、
何が原因なのだろうと考えるようになりました。

毎日何時間もテレビを見て過ごすうちに
状態はどんどん悪くなっていきました。
うつ病になる前のタケシさんは、友だちも多く社交的で
運動や読書などが好きで楽しんでいましたが、
うつ病になるとこれらの活動に全く関心が持てなくなりました。

うつ病がひどくなればなるほど、友だちと話をすることはなくなり
外出することもなくなりました。

一人で家にこもっていると、否定的なことをぐるぐる考えて
ますます気分は落ち込んでしまいます。
何もしていないのに疲れ果ててしまいます。

このときタケシさんはうつ病のループ(悪循環)に
はまっているのです。

友人がタケシさんに尋ねます。
「どうして一人で家にこもっているの?」
タケシさんは答えました。
「家でゆっくり過ごす方が気分が楽になるから」
うつ病のときは外出するよりも家にいる方が気分は楽なのですが、
実は人と会わず家にこもって過ごすと、
長期的にはうつ病を悪化させることがわかっています。

このようなうつ病のループ(悪循環)が
うつ病の回復を難しくする要因になっているのです。



<課題1-5>
気分が落ち込んでいる時、眠れない時、
疲れやストレスがたまっている時に
あなたがよくとる対処法を書き出してみましょう。
それらの対処法によって一時的に気分は良くなりますか?
悪くなりますか?

しばらく時間が経ったあとはどんな気分になっているでしょう?

気分の変化を振り返って書き出してみましょう。



<ポジティブ(前向き)な行動とは?>

うつ病のループから抜け出すためには、
まず自分の行動パターンを観察することが必要です。

次に、その行動パターンを自分に役立つポジティブ
(前向き)な行動に置き換えます。

新しい行動が自分に役立つポジティブ(前向き)な
ものかどうかは、その行動をとったあとの気分の変化を
観察することで評価します。

ポジティブな行動というと、好きなものを食べたり、
旅行をしたり、ゲームをしたりといった「楽しい」活動を
想像するかもしれませんが、楽しい活動はうつ病を治すためには
必ずしも必要ではありません。

もし楽しいことが役立つのであれば、極論すれば、
好きなマンガや映画に一日中ふけったり、
ディズニーランドやUSJに行って遊べば
うつ病が治ることになります。

実際には、楽しいことではなくても、
自分にとって重要だと思えること、
例えば、掃除、洗濯などの家事、勉強、仕事など
をすることで気分は良くなります。

ここでは、「ポジティブな行動」を
「長期的にみて気分が良くなる行動」と定義します。
これにはもちろん「楽しい行動」も含まれますが
それよりも広い意味でとらえます。



<外から内へ変化を起こす>

ポジティブな行動を習慣的に生活に取り入れていくことで
うつ病は徐々に良くなっていきます。
その理由は、
「態度、行動を変えることで気分、考え方が変わる」
という行動心理学、脳科学の分野で明らかになっている
心の作用があるからです。

人の内面(考え方や価値観)は簡単に変えることはできませんが、
外面(態度や行動)であれば意識的な努力で変えることができます。

たとえば、部屋の片付けをする気になれなかったとしても、
あなたは洗濯物をたたんだり、
床に散らかっている物を片付けたりすることはできます。

やる気が起こらなくても、
掃除機のコンセントを差し込むことはできます。

嫌々な気持ちで掃除をはじめたとしても、
小さな作業を続けていくうちに、
嫌々だった気持ちはだんだんと薄れて、
しだいに作業に集中できるようになります。

この例は、外面から内面へ働きかけることの効果を示しています。

外面の行動を変えることで、
あなたの内面での感じ方が変わるのです。

ポジティブな行動を習慣として生活に取り入れると、
しだいにあなたの内面の考え方、価値観が変わっていきます。

「外から内へ」それがうつ病を克服していく道筋になります。



<「行動実験」と「セルフモニタリング」>

「行動実験」とは、ある行動を試してみること。

「セルフモニタリング(自己観察)」とは、
自分の思考、感情、行動を客観的に観察することです。

ある行動をとったときに、
気分がどのように変わるかを観察します。
あたかもあなたが科学者であるかのように、
注意深く行動と気分に意識を向けて観察します。

たとえば、あなたはテレビを見ていると
気分が悪くなる傾向があることに気づきます。
そうすると、
「テレビを見る代わりに何か別の行動をとれば
少しでも気分が良くならないか」
ということを確かめる行動実験の計画を立てることができます。

テレビを見る時間を減らし、代わりに
読書をする、音楽を聴く、友だちと電話で話す、
などの行動実験が考えられます。

そしてセルフモニタリングをして気分の変化を確かめます。

このような行動実験をすることで、うつ病になる行動パターン、
気分が良くなる行動パターンを発見することができます。
以降の章では、行動実験とセルフモニタリング
によって「データ」を集め、
新たな生活習慣を作っていくのに役立てていきます。




第1章 うつ病と不安の克服に向けて
第2章 行動と気分のつながりを理解する
第3章 行動を変え、気分を変える
第4章 逃げない自分になる
第5章 新しい生活を手に入れる
第6章 ネガティブ思考をやめる
第7章 気分に流されない自分になる
第8章 人生をコントロールする